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◇
「拓未、拓未って」
おとはの声がするなんていい夢だと思って手を伸ばすと、ふわふわの毛が指先に触れた。抱きしめようと自分の腕に引き寄せると、胸のあたりで、もう、と言う少し不満を含んだ声がした。
柔らかくて、いい匂い。滑らかな肌の腰を抱きしめる。
「おとは、俺だけ気持ちよくなってごめん。やっぱ好きな女って特別なんだな。体も心も言う事、聞かない」
夢にしてはリアルだなと思って、髪の毛を指先でくるくると弄ぶと、くすぐったいよ、と笑い声がして目を開けた。
部屋は薄暗い。部屋の弱灯がともっている。
薄灯でも分かる、大きな瞳が、俺を見上げていた。
「あ、夢じゃなかった」
俺の言葉におとはは、そうだね、と笑った。
え、じゃあ、セックスしたのも現実か?と思って、彼女を見ると服は着ていなかった。露わになった胸を見つめる。
すぐさま、抱きしめる腕を強くして自分の腕の中に彼女を閉じこめる。
逃げるなよと言っておいて、逃げられないのは俺だ。
おとはにどうしようもなくハマっている。
彼女が近くにいるだけで、嬉しくなる。
骨抜き、首ったけ、メロメロもう、どの言葉も当てはまってしまうほど、バカみたいに、とんでもなく惚れている。
「……もう、セフレと会うなよ」
恋人でもない俺が彼女をそこまで制限する権利はないが、どうしてもこれだけは言っておきたかった。
「……うん、それは大丈夫。寂しくなったら、拓未が抱いてくれるんでしょ?」
「……いくらでも抱くけど、ちょっと持たなかった。……おとはの事もっと気持ちよくさせたかったのに」
そこまで言って、俺の唇はおとはの唇で塞がれた。
飛び上がりそうなほど、嬉しくなる。
「おとは、俺と一緒に居て」
もうこれ恋人の関係じゃねぇのって言いたい。
おとはからキスされたって事は、おとはも俺の事嫌いじゃないって事だよな。
「ちゃんと付き合って」
その言葉に彼女は返事をしない。
「拓未はそこにこだわるけど……」
「そりゃ、こだわるよ。俺はおとはが特別って言ってる。俺もおとはの特別になりたい。コケ野郎が1番なら、2番でもいい。でも、恋人って約束がないとおとはとちゃんとした関係が築けないだろ」
「そうだけど………」
彼女はそこまで言って、言葉を出すのを躊躇った。
「……なんか、思う事あるのかよ?」
言葉を促すように彼女を覗き込む。
「だって、………恋人になっちゃうと居なくなっちゃう。恋を信用してないだから身体だけでいいの」
「身体だけじゃないって言ってるだろ。俺の心もやるから、おとははもう何も無くさない。だから、恋が信用できないのなら、愛で繋がろう」
「愛で繋がる………拓未は一緒に居てくれる?」
「うん、ずっと一緒にいるよ。おとはが嫌になっても離れてやんない、約束」
彼女を抱きしめて、頭を撫でる。
「本当に? 拓未、私と一緒に居る? 恋人に「なる」
おとはの言葉を最後まで聞き取らずに、食い気味に秒で返事をする。
必死か、俺。
「恋人だよな?」
夢じゃねぇのって頬をつねってやりたくなる。
「他にセフレも作らない?」
俺が聞くと彼女は頷いた。
「交尾も色んな男としない?」
「うん」
「俺が、おとはの恋人でいいんだよな。え、すぐ結婚したいんだけど、それはどう?」
「どうって、まず、緑くんの事をちゃんと整理してからじゃないとダメだけど、拓未の事は好きだよ。チャイロとシロよりちょっと上」
ちょっと上。
昇格した。
マジか、やった。
でも、コケ野郎よりは下か。
「一緒に住むのは気が早い?」
「一緒に住むのはねぇ、陽一郎の許可がいるんじゃない?」
「……許可か。了解」
抱きしめたおとはの頬と額にキスをして、俺はスマホを探した。
ベッドの横に落ちているのを見つけて手を伸ばした。
すぐに陽一郎に電話を掛ける。
『……ん、律、何?』
眠そうな声で返事があり、左手首の時計を見ると午前1時。非常識な時間だった。
『あ、こんな時間にごめん。あのさ、おとはと一緒に住みたいんだけど……』
『……………は?』
『えっと、おとはと一緒に住みたいんだけど』
『いや、2回も言わなくても聞こえてるしって、今一緒に居るの?』
『うん。で、俺、おとはの恋人になったから、一緒に住みたいんだけど、いい?』
『……いや、いいも、何も、本気?おとは緑くんが1番だぞ』
『それでもいいって、本人には言ってる』
『いや、言ってるって言っても……、俺はどっちかっていうと律の味方だからさ、律がいいんならいいけど。ちょうど俺も彼女と一緒に住む話が出てたし』
『……こんな時間に、ごめん。嬉しすぎてすぐに電話してた。また、明日って、もう今日か、もっと明るくなってもう一回電話するわ』
『……おう、おやすみ』
『じゃ』
スマホを切って、おとはを見る。
「陽一郎はいいって、自分も彼女と住むって」
その言葉に、おとはは呆れたように、はいはい、と笑った。
そして、その笑顔のまま俺を見つめて妖しい笑顔に表情を変えた。
「ねぇ、……じゃあ、もう一回する?」
その言葉に耳を疑う。
でも、俺の身体はすぐ反応する。
こいつ本当にとんでもない女。
「………それ、男のセリフじゃねぇの」
それだけ言って、彼女の唇にそっと唇を重ねた。
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