Kiss. 8

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◇  シャワーを浴びて出てくると彼女は布団の中でウトウトとしていた。  今が千載一遇のチャンス、と買っておいた毛糸をベッドの机から引き出した。おとはの顔を覗き込むとヨダレを垂らして寝ている。  左薬指に糸を巻きつけて1周まわった長さのところで糸を摘んで、洗面所に移動した。ハサミで糸を切ってポケットにしまう。 「……拓未?」  おとはが起きた声がして、俺は素早く元の部屋に戻った。 「起きた?シャワー浴びてくる?」  ベッドに腰掛けて、布団を羽織った彼女を抱き寄せた。  額にキスをする。 「寒いから、風呂の湯、入れてるよ。温まって来て。その間に俺コンビニ行ってくるけどなんかいるもんある?」 「いるもの?喉が渇いた」  ベッドから立ち上がって、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを出して、彼女に手渡した。 「水はあるけど、お茶とか他のが良かったら」 「じゃあ、飲むヨーグルト」 「ヨーグルト?………了解。で、飯は俺コンビニばっかりだったから炊飯器はあるけど炊いたことないから…」 「あ、ご飯も持って来たよ。あと、お箸も一応持って来た」 「……箸まで?」  出会った時は着ている服はジャージか色気の無いもので頭もボサボサ。で、見た目を整えてなければ男に見向きもされないほど女を捨てている外見。そして、捻くれた性格。だけど、実は気配りが出来て、飯も上手くて、居心地が良くて、床上手。持ってるスペックがツボすぎて、ラスボスぐらい最強。  今すぐプロポーズしないとコケ野郎どころか他のやつに持っていかれるかもしれない。 「おとは、あの、さ。やっぱり、俺はお前と結婚したいんだけど……」 「拓未、………コンビニ行くんじゃなかったの?しかも、わたし素っ裸だからね。プロポーズも回数を重ねればいいってものじゃないよ」  その言葉に食いつきたくなる。  じゃあ、どうすれば俺になびいてくれるのか。 「おとははなんか理想があるのかよ。人科のオスに興味ないとか言ってて、プロポーズはどんなのがいいんだよ」 「わたしはね………」  彼女はそう言って俺を見上げた。  大きな瞳が俺を映している。  さっき抱いた女なのに、もう俺の(もの)のはずなのに、途端に緊張する。  返事を待っていると、彼女は揶揄(からか)うように笑った。 「何、その真剣な顔。普通が1番だよ。普通」 「普通って?」 「そりゃシンプルに結婚して下さいって、花束持って、指輪差し出す感じ?緑くんは指輪なんてくれなかったけどね」  コケ野郎は指輪をやっていない。  酷いヤツだな。好きな女を大事にしろよ。 「ふーん。分かった。じゃあ、冷えるから、ちゃんと風呂に入れよ。で、置いてるシャンプーとか好きなの使え。あと、俺のスエット置いてるからそれ着ろよ。歯ブラシと洗面用具も買ってくるから、途中で居るもの思い出したら、電話して。って今日泊まるの前提で話すすめてるけど、泊まるよな?」 「……泊まってほしい?」  意地悪な女。抱かれた後もやっぱり素直じゃない。ベッドの中で身体だけは正直なのに。 「抱かれた後ぐらい、素直に泊まるって言えよ」  抱き寄せると、おとははどうしようかな〜、なんて楽しそうに声を上げる。 「……夜も一緒に過ごして、寝る前におやすみのキスしよ?何回も。な、だから泊まれよ」  耳に口を寄せてわざと低い声で囁く。おとはの耳は肌色からもも色に変化した。  その色を見て、俺は勝手に同意を得たと解釈する。  スマホを持って、ベッドの横に落ちていた上着を拾って羽織った。  おとはの声が、気をつけてね、と背中を追いかけて来た。その声に捕まる。振り返ってもう一度、彼女に近づく。 「……何?」 「いや、忘れ物」  左手で彼女の頬を持って自分に向けて、唇にキスをした。  見上げる瞳にたまらない気持ちになる。  頬を持った手を顎に移動させる。 「……もう一回、な」  もう一度、キスをして、じゃ、と家を出た。
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