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晴天の霹靂。
今のような状況に、この言葉を使うんだろうか。頭で意味は分かっている。
身体は雷に打たれてはいないけれど、衝撃はそれぐらいに値する。
でも、感情はついてはいけない。
コケ野郎が実際に存在する人物で、行方不明のまま時間が過ぎるのか、見つかるのかは誰にも分からなかった。だから、見つかった事はどちらかといえば良い話なんだろう。おとはは迷いながら怒って感情を揺らしていた。それでも、心は頑なに埋めようとせずに彼を待っていた。
俺と恋人になったのも、セフレと歩いている姿を俺が見て、他の男と関係を持つくらいならと、我慢ができなくなり身体の繋がりを求めた後の結果に過ぎない。間で好きや愛してるを囁いても、彼女は一度も「わたしも」と返事をしてくれたことはなかった。彼女から返ってきた言葉はチャイロやシロよりちょっと上、そしてありがとうの感謝の言葉ぐらいだ。
最初からおとはの1番は明確だった。
だから、コケ野郎が見つかったと言う知らせを聞いて、彼女が俺に何も告げずに出発した事だって当たり前と言われれば、当たり前の出来事のように思える。
どれだけ自分を納得させる言葉を並べて、柄にもなく故事成語まで引っ張り出して、心の中で自分を慰めるけど、感情はどうにもならない。
どうしたらいいかも分からない。
おとはは俺の気持ちを振り回す天才だ。
鬼悪魔で酷い女。
想いを伝えて、気持ちを捧げても、結局彼女にとって俺は些細な存在だった。それだけの事だ。
だけど、俺にとって、彼女は特別で、かけがえのない存在で、ずっと一緒に居たくて、人生を歩んでいきたい、そんな存在だった。
典型的な片想いだな。
それで、心はあげない、って言われてたのに現実を突きつけられて、ドン底の失恋を実感。
「俺、……だせぇ」
小さく呟いて、目を開けると見慣れた天井。
この部屋で去年の年末も年を越した後も彼女と過ごしたのに。
彼女は笑って俺に手料理を持って来てくれたのに。
1番、好きな男の元に行ってしまった。
寝返りを打つと、ベッドの横に置いた濃紺の指輪のケースが目に入った。
手を伸ばして手の平に乗る箱を握りしめる。素早く上体を起こし、腕を振り上げて、手に握りしめた箱を強く握る。
投げ捨ててやる、そう思ったけれど身体は指示を無視。
拳が震える。
脇を締めて、腕を振り下ろして、手のひらを離してしまえば手から箱は落ちるはずなのに、それが出来ない。おとはを想う俺の気持ちと一緒で握り込んでしまった感情は簡単に手放すことが出来ない。
「クソか」
必死の虚勢で悪態をついて、ベッドに倒れ込んだ。
「俺、必死過ぎ………」
自分を慰めて、罵って、もう感情がめちゃくちゃだ。
おとはに出会った頃もそうだった。
自分の感情が乱されて、自分が自分でいられない。
おとはの行動にイラついて腹が立つのに、その行動一つ一つが嬉しくて嬉しくなる自分に腹が立って、訳が分らなかった。触るなって思って、触られたら嬉しくて、優しくされたから優しくしたいと思って近づいたら、他に好きな男が居るとか言われて。
それでもいいから、付き合いたい、恋人になりたい、彼女を笑わせたい。
一緒に居たい、幸せにしたい、と思って気持ちを伝えた後に知らない男と腕組んで歩いてて。
交尾って簡単に言うし、抱いてって凶悪な誘惑をする。
その割に可愛いって言葉一つで真っ赤になって恥じらったりもする。
俺の腕の中では想像もしなかった程、艶を帯びた声でしおらしく吐息を漏らす。
考えれば考えるほど、残酷な女だ。陽一郎にはやめておけと言われた。1回じゃなかった。2回ぐらい言われたと思う。遊びならいいとまで言われた。本気になるな、と。
手遅れと自覚してから、深みにはまり続けてもう出口が見えない。楽になる方法が分からない。
プロポーズはおとはが受け入れてくれるまで何年かかってもし続けようと思っていた。コケ野郎がしてなかった事は全部してやりたかった。指輪を受け取ってくれなくても、結婚してくれなくても、想いを受け取ってくれなくても、寂しさを埋められないひねくれた彼女を満たしたいと思うのは今も一緒だ。
本当にコケ野郎がおとはを幸せにできるのか。俺はそこが疑問だ。仕事を優先して好きな女を泣かせて、あれだけ夢中にさせといて、またおとはを放っておいて、何処かへ行くんじゃないだろうか。
おとはが幸せになるところを見届けたい。苦しいし、俺が幸せにしてやりたいし、正直他の男と一緒にいるのを想像する事さえ耐えられないけれど、でも、そこまでしないと多分、俺のこの気持ちは一生整理がつかないと思う。
最初から1番じゃない事は分かっていた。物語でいうと俺は当て馬的な存在である事も。でも、おとはの口から俺は何も聞いていない。
返事をはっきりと聞くまではやっぱり諦めきれない。コケ野郎が帰って来てからまた仕切り直しだ。
埋めない。
奪わない。
でも、手は緩めない。
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