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◇
「律さん、なんかぼーっとしてません?」
次の日、仕事の休憩中。
Moodyの裏で俺が電子タバコを吸っていると橘に後ろから声をかけられた。
手にはコンビニのビニール袋を持っている。左手首の時計の時刻は午後1時過ぎ。
もう昼か、って、俺メシを買いに行こうとしてたのに、タバコ吸ってたわ。
ボケてんな。
「ぼーっと……してるように見える?」
質問返しに橘は一瞬、考えてから口を開いた。
「ぼーっとってか、心ここにあらずって感じですね。いつも以上に無口だし。今日お客さんとカウンセリングした後、ありがとうございます、を言うまで、一切、口開いてませんでしたよ。業務連絡みたいでした」
「業務連絡……」
「そうだよな、仕事でも最低、連絡はするよなぁ………」
俺のつぶやきは水蒸気と一緒に空気中に混ざり合った。
「本当に大丈夫ですか?次、カットのお客さん13時50分ですよ。お昼、買いに行ってくださいね」
橘は店の中に入ろうとノブを持った。
「なぁ、お前、女にフラれた事ある?」
「………なんですか、急に。………え?律さん?律さんがフラれたんですか?」
「……フラれた言うな。まだ、だよ。まだ」
「え、まだって、ど、どう言う、事ですか?フラれるの確定って、こ、事ですか?」
橘はノブを持とうとした手を引いて、俺を見てあたふたし出した。
買ってきたビニール袋がガサガサ鳴る。
話を振った俺より慌てている。
「……最初からフラれてたのかもな。で、粘ってただけ」
「律さんが、粘る……。想像できません……。あ」
心当たりがついた表情を橘は浮かべ、俺を窺うように見た。
「あ、あの、篠原さんですか?」
「……そう、あのひねくれジャージ女」
「……ジャージ女って。確かに着てましたけど……。なんて言うか、可愛らしい人でしたね。瞳も大きくて、髪の毛もふわふわで。少女のまんま大人になったって外見してましたね」
「………見た目はな」
タバコを片付け、ボトムスのポケットに入れる。
「あいつとんでもない女でさ、まぁ、確実にフラれそうなんだよな。ってもうフラれてるのかもしれないけど、最後の足掻きをしようかなって、」
「……律さんが、足掻くって、全然想像つきません。女の人、振り回してるのかと思ってました」
その言葉に思わず笑いそうになった。
「いや、俺、女には振り回されても振り回した事ないから。橘が思ってる、イメージと違うからな、全然カッコ悪りぃ……」
「………俺、そんな生意気な事言えないですけど……、頑張ってください。応援してます。何があっても、俺は律さんの味方ですから!」
橘が両拳を握って、上下に振る仕草に笑ってしまった。
少しだけ気が和んだ。
「サンキュ、………お前はあの手紙の竹内さんとはどうなった?」
俺の問いかけに橘は表情を照れ笑いに変えた。
「え、あぁ、美来ちゃん」
もう名前下で呼んでるし。
「……順調なんだ、良かったな」
そこまで言って俺は少し冷静になった。
竹内美来はまだ高校生。未成年だ。
「おい、俺、良かったとか言ったけど、未成年は犯罪だぞ」
その言葉に橘は吹き出した。
「その言葉、俺が律さんに言いましたね。覚えてますよ。高校卒業するまでは、何もしませんて。それに……」
橘はそこまで言って益々照れたように顔を背けた。
「なんか、純粋すぎて手を出しにくいって言うか…、嫌われたくないじゃないですか?」
「………そーかよ」
自分にも心当たりがありすぎて返事に困る。
好きな女に触りたいけど、それ以上に嫌われたくない。一緒だな。
「まぁ、俺もお前と一緒で頑張れ、しか言えないけど、頑張れ」
「はい、ありがとうございます。俺、じゃ、先に昼いただきます」
橘は店の中に入っていった。俺は手を上げて、返事をして、足を踏み出した。
味のしないコンビニ飯でも、食べてないと、おとはが帰って来た時にまたガリガリと言われるかもしれない。コケ野郎が筋肉質でガタイが良かったり、自分より身長が高ければ見劣りするかも。見えない敵ほど脅威に感じる。せめて自分にできる事はしておかないと、戦えない。
まぁ、負け戦だろうけど。
日本とアフリカの時差は7時間。日本が早く進んでいる。彼女からの着信はない。午後1時だから、向こうは午前6時ぐらい。早ければ起きている頃だろう。
でも、スマホは震えない。震える気配すらない。ため息がでた。
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