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◇
掲げた群青色の指輪ケースを彼女はゆっくりと受け取った。
そして、バラの花束を持って、泣き腫らした目で俺を見た。
そう言えば、彼女をこんな下から見上げたのは抱いている時ぐらいだな、と場に似合わないヨコシマな事を思っていた。
「………え?」
受け取られた指輪の意味がよく分からず、疑問を浮かべた声が口から出た。
「え?え?え?、…………え?」
誰かこの状況を説明してくれる人がいないかとあたりを見回すと、コケ野郎が吹き出したように笑った。
え、なんでお前が1番に反応する?
お前もおとはと結婚したいんじゃないのかよ。結婚してるくせに、と訳のわからない矛盾しかない言葉が浮かんで、彼を見ていると口を開けた。
「見事なプロポーズ。跪いて、バラの花束12本で、婚約指輪を差し出して。真面目ないい青年だね。おとはちゃんの事を幸せにしてくれるよ。緑と違って」
その言葉に耳を疑う。
どう言う意味だ?とおとはを見る。すると、彼女は指輪と花束を見て柔らかく笑っていた。その笑顔を見て、もう笑っているなら、いいかぁ、なんてどうでもよくなりそうな自分を奮い立たせる。
「…………え、あんた誰?」
きっとこの質問をこの部屋に入って1番にすべきだった。
「僕?僕は緑の弟。双子だから、似てると思うけど、顔知ってたの?」
「…いや、」
顔は知らなかった。
コケ野郎とだと思い込んで話は進んでいた。
電話で陽一郎がコケ野郎と一緒におとはが帰って来たとか言うものだから、間違いないと思った。状況的に双子の弟が代わりに居るなんてそんな事、思いつきもしない。
「緑くんは………」
おとはは一旦、花束と指輪のケースをソファの前のローテーブルに置いて、コケ野郎の弟の横にあった薄紫の敷布に包まれた立方体の箱を取り出した。
「ここに居る」
まるで遺骨を包んでいるような木箱の大きさだった。
「………え、」
言葉が出ないでいると、コケ野郎の弟が口を開いた。
「僕は碧斗と言います。緑の弟です」
緑と碧。
あお、空、こいつはソラ野郎に決定。
俺は仕方なく、立ち上がって、軽く頭を下げた。
「…………律川拓未…です。初めまして」
「はじめまして」
ソラ野郎は挨拶をした後、コケ野郎が見つかった状況や遺品について説明してくれた。
まさかコケ野郎が亡くなっているだなんて思いもよらなかったため、その説明を半ば右から左に聞き流していた。おとはは大丈夫か、と彼女の顔を見たが彼女の目は泣き腫らした目で表情からは詳細な感情は読み取ることはできなかった。
一通りの説明ソラ野郎はし終わると、出番は終わったかのようにコケ野郎の遺骨を持って立ち上がった。
彼はカバンの中から泥に汚れた高級そうな大きなカメラをおとはに差し出した。彼女はそのカメラを両手で受け取った。
「じゃあ、邪魔者は退散するよ。おとはちゃんもこれで自由になれるよ」
ソラ野郎のその言葉におとはは目を見開いて、ゆっくりとその瞳から涙を零し始めた。
「………泣かすなよ」
思わず声が出て、その声にソラ野郎は肩をすくめて眉を寄せた。
「ごめんね。でも、その涙は彼女にとっては必要な涙だと思うよ」
意味深な事を言われてイラついたが、俺はおとはに近づいて抱きしめた。
泣くなよ。でも、泣かなきゃいけない時って事か。コケ野郎は骨になって帰って来た。俺はおとはを何度も泣かせるヤツに直接文句が言えない。泣かすなよ、幸せにしろよって言いたかったのにぶつける相手はいない。
でも、おとははそんな俺よりもっと言いたい事があったんだろうな。想像するけど、気持ちは分からない。
しばらく静かに泣く彼女を抱きしめていると、陽一郎が気まずそうに俺を見た。
「………あの、俺、ちょっと席外した方がいい?」
「………そう、だな。頼む」
陽一郎の部屋でもあるのに申し訳ないがそう言って、プロポーズの返事を聞こうとおとはの顔を覗き込んだ。
「でも、律、頑張った!俺、本当にお前のこと尊敬するわ。外野の俺がやーやー言っても説得力ないかもしれないけど、律の頑張りに、拍手しとく」
陽一郎は手を叩いて、去り際に、大丈夫!と握りこぶしを2回振ってリビングから出て行った。
やっぱり俺の周りの人は俺よりリアクションが大きい。
でも、それにいつも救われる。
「おとは、」
名前を呼んで抱きしめた彼女の顔を覗き込む。
涙の跡が痛々しくて、胸が苦しくなる。辛かったよな。俺近くにいるって言ったのになんで1番に俺に言わないんだよ、辛いって。
「今、辛い時に泣き止めばと思って、勢い余ってプロポーズしてごめん。突っ走ったな、………」
俺の言葉におとはは首を振った。
「………ううん、そんな事ない」
その言葉で幾分救われた。走った意味があった。
俺はローテーブルに置かれた婚約指輪と花束を持った。
「それ……どうするの?」
おとははそれを引き止めるように俺の袖を持った。
「………え、いや、えーっと、タイミング?的にちょっと、違うかったかな、とか思って、また仕切り直す。………今はコケ野郎のことで頭がいっぱいだろ?」
俺の言葉におとはは袖口を握る力を強めた。
「それ、もう、わたしのだから。返して」
「わたしのって、じゃあーーー」
俺の言葉の先を奪うように、同時に強い力で引き寄せられて、唇に柔らかいものが押し当てられた。キスされた、と思って目を開けたままで驚いていると彼女は俺の胸に顔を寄せた。おとはが自分から俺の胸に飛び込んできた。
「拓未、何も言わずに行ってごめんね。緑くんが亡くなって連絡もらって、でも信じたくなくて口には出せなかったの。だから、拓未にも言えなかった。迎えに行くのも言えなかった。ごめんなさい」
彼女を両腕で抱きしめる。
「……いいよ、無事に帰って来たんなら」
おとはは、ふふふ、と笑った。
「いつも拓未は許すよね。わたしは拓未といるとすごく自由になれる。ありがとう。律川拓未さん、わたしと結婚「する」」
また食い気味に秒で返事をしてしまった。
「え、結婚って言ったよな?」
おとはは笑って頷いた。
「うん、言った」
「取り消すなよ?」
「取り消さないよ」
「………いや、お前は頷いても、返事しても怪しいからな」
「……じゃあ、どうやったら信じてくれるの?」
「じゃあ、したいって言って」
「え?…………拓未、そればっかりだよね。わたしに言わせたいの?」
「そう、言って。俺と結婚したい、ずっーーと一緒に居たいって言ってよ」
おとはは口を開こうとして真っ赤になった。真っ赤になってでも、必死で口から声を出そうとして躊躇って、やっと声を出した。
「あ、………えっ、と、たく、み。わたしとずっと一緒に居て?」
「喜んで」
俺は彼女を再び抱きしめた。
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