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―本編 kiss10 後―
「拓未、なんでバラの花束って12本なの? 何か意味があるの?」
花束を抱えたおとはは首を傾げて、大きな瞳で俺を見上げた。眉上の短く切った前髪は少し伸びて、眉に掛かっている。
1日会わなかっただけでも、落ち着かないのに、13日ぶりで、しかもプロポーズを受けてくれた後となれば、俺の心臓は落ち着かなさすぎて、ヤバい。地味に会えない日数、数えてる俺もヤバいけど、やっぱすげー嬉しい。
「え? バラの本数の意味?」
聞き返して、篠原家のリビングテーブルに置かれた紫の指輪ケースを見た。
「1001本あげてもよかったけど」
俺がそう呟くと、え、何? と瞳を揺らした。生花の青っぽい瑞々しい匂いがした。おとはに手を伸ばして、赤いバラの花束を受け取る。12本の赤いバラはピンクの不織布と白の薄葉紙に包まれている。
「ちゃんと意味がある。色にも、本数にも。聞きたい?」
つい、おとはに言わせたくて聞いてしまう。
これからずっと一緒に居られる約束をしたのに、まだ実感が沸かなくて、また確認してしまう。でも、何度も確認出来ない。格好つけてる訳じゃないし、もうそんなもの今更なんだけど、嬉しいって感情が隠せない。次はじゃあ、一緒に生活できる、とか、飯も毎日一緒とか、家に帰ったらおとはが居るとか、もう考え出したら止まらない。
「も〜、拓未、さっきもわたしに言わせて。何回も言わせないでよ」
少しだけ頬を赤くして、目も薄らまだ赤い顔で口を開いたおとはを、抱きしめそうになって、腕の中に花束がある事で、それをやめた。一旦、花束に視線を戻す。
「でも、おとはがまさかプロポーズを受けてくれるとは思わなかった。だから、すっげー嬉しくて、正直舞い上がってるから、かっこ悪いって分かってるけど何度も聞きたい」
おとはは、ふふふ、と笑って、抑揚のある穏やかな声で言った。
「拓未、意味知りたいから、教えて?」
その言葉でまた自分が舞い上がってしまう。
我ながら単純。
「12本の赤のバラはダーズンローズって言われてる。昔のヨーロッパでは男が女の人にプロポーズするために12本バラを摘んで、彼女にプレゼントする風習があった。で、バラには全部意味がある」
「全部?」
「そう、全部。1本、1本に」
おとはは、ふーん、と言って少し揶揄ったような視線を俺に向けた。その視線にドキッとする。
「何?」
「全部、教えて?」
甘えたようなその声に思わず笑ってしまいそうになる。本当に俺、単純。でも、嬉しくて仕方ない。
「愛情、情熱、感謝、希望、幸福、永遠、尊敬、努力、栄光、誠実、信頼、真実。この12個」
俺の言葉におとはは目を見開いて、揶揄うような表情から一転して真剣な表情を浮かべた。
「え、拓未、全部覚えたの?」
「いや、覚えたっつーか、頭に入ったっつーか。コケ野郎に負けるわけにはいかなかったからな。おとはを泣かせるヤツには…」
俺がそこまで言いかけると、おとははゆっくりと近づいてきた。大きな瞳の中には俺の姿が映っていた。
「拓未、本当に何も言わずに1人で行ってごめんね。わたしずっと拓未に甘えてたよね。拓未なら許してくれるって、わたしのものだからって…ごめんね」
しおらしいおとはに何だか調子が狂ってしまう。俺は両腕を伸ばして彼女を抱きしめた。胸のあたりに彼女の顔が来て、栗色のふわふわとした髪を撫でる。おとはの匂いがした。
帰ってきた、俺のものだ、と安心するけど、やっぱり抱きしめると緊張する。相変わらず忙しい心臓。
「いいよ。さっきも言ったけど、最初から怒ってもないし。ショックで落ち込んだけど。でも今は俺の頭の中はおとはと一緒にこの先居られる事で頭が一杯。一緒に寝られるよな、とか。飯食えるよな、とか。俺、兄弟いなかったから、おとはと陽一郎みたいに何でも言い合って、でも次の日ケロッとしてる関係に少し憧れがあるんだよ。だから、子供はたくさん欲しい」
「うん…って、もう子供の話? 拓未は本当、素直」
おとはの顔を覗き込む。
「え、おとはは子供欲しくない?」
少し顔が赤くなって俺を見上げる。その表情にたまらない気持ちになる。その表情、誘ってんのかよって言いたくなる。
「欲しいって、思ってるけど言えないのがおとはだよな。屈折してて、あ〜、でも、そんな所が好きな俺も結構、屈折してるか」
「拓未は屈折してないよ。素直すぎて、時々こっちが困る」
困ってたのか。
相変わらず素直じゃない。おとはの頬の赤さを見て、嬉しくなる。
「俺、いっぱいおとはに優しくしたい。ずっと好きだって愛してるっていっつも言いたくて、態度で示したくて、でも言いすぎたら逆に嘘くさいかなとか考えて、でも行動せずにはいられなかった」
言いながら、どれだけ自分がおとはに対しての想いが重いのか、実感する。
「花束も指輪も受け取ってくれて、俺と家族になる約束もしてくれてありがとう」
「拓未、こっちこそ…」
おとはは一瞬、俺を見て、言葉を出すのを躊躇った。
「もう、続きは聞かなくても分かる。でも、聞きたい。俺は絶対離してやらないからな」
そう言って彼女を抱きしめた。おとははゆっくりと俺の背中に腕を回し抑揚のある穏やかな声で言った。
「拓未、一緒に居ようね」
その言葉を聞いて、おとはにゆっくりと唇を重ねた。
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