大江の句は言い得て妙なり

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大江の句は言い得て妙なり

アナベル・リーは総毛立ち そして全ては闇の中 と、まあ、水色赤の『こときれ節』でも歌ってないと呼吸できない。 女帝が正に身罷りつつある今、長弟から血圧60呼吸も減ってきていると報告され、ゆっくりとだが確かに死にゆくHer Majestyに、僅かながら安心を覚える。 あのひとも生き物なのだな と。 お前の血は赤いのかと、何度問うたかわからない。 それほど無慈悲で無邪気なオンナだから。 同じオンナだからわかるのであろう、オンナが最も傷つきココロを殺される危険に、何度も娘を晒し、賭博帰りのオトコが通るたび、見つからないよう植栽に身を隠す裸の娘を見て、それを命じた張本人が「何やってんの笑」と朗らかに言ってのけ、あたかも聖女の救いと言わんばかりに玄関口へと招き入れる。 存在自体が邪魔 と無邪気に告げて本を読む彼女には、何度絶望したかわからない。 存在しないモノとしてアッシャー家で暮らす私を不思議そうに見ていたあの顔も、裏金積んで押し込んだ私立でイジメを受ける私に、やっぱりいい学校よね私立ってと嬉しそうに言うあの顔も、骨まで真っ黒に染まるほど全身癌細胞に侵され歩けなくなり、一時は寝た切りになっても復活し、片足で床を蹴り車椅子を動かすカタワになってすら無垢な少女の顔で笑ってた。 何故か上に挙げる両手は、もしかしたら天国の門を開けようとしているのかもしれない。門番が開けるより、一度しか機会がないなら自分がしたいというオンナだから。 眠りながら天を求めて上がる両腕を、ゆっくりベッドの上に下ろす。 また天へと伸びる腕を下ろす。 眼光だけは変わらず輝くその頬は何故か艶めき、弱るほどに若々しくなっていく。 あのオンナは一体何なんだ。 悪行を悪と思わず、白も黒だと言いのけて、裁きの天秤は常に煌めくままだった。 神などいないと信じさせ、死に至る病に娘たちを罹患させ、そして幾度となく蘇生されては、まだ生きてると絶望した私を、貴女は幸福ねと微笑むのだから、始末に負えない。 このまま安らかに、総毛立つこともなく、女帝は天国の扉を開けるのだろう。 そのことだけが許しがたく歯噛みするのに、食い縛り過ぎて痛む奥歯を知らないまま逝くのか、あのオンナは。 気の持ち様がわからなくて、今夜も歯を食い縛りながら寝るのかと、暗くなった窓の向こうを見やる。 あ、また食い縛っていた。 口の中が血だらけだ。 明日、真っ赤になったこの口の中を見せてやるか。 持ち上げることもできないその顔の上に覆い被さって。カーミラみたいに口を開けて、見せてあげるよ。 冥土の土産に丁度いいだろう。 こんなことでしか、自覚を促せない娘が持たせる最初で最後のお土産だよ。 あの世で自慢するがいい。 こーんな真っ赤だったのよー って笑い話程度にはなるだろうから。 総毛立っているのはこっちの方だ。
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