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秀治はその場にしゃがみ込んだ。
しばらく、行き交う人を見つめながら実子との距離を保つ。
実子は、助けてくれた秀治がヤクザと聞かされても怖くなかった。美奈子に対する笑顔を、そして優しさを知っているから。怖い思いをしたにも関わらず、秀治が直ぐ近くにいて何故か安心感があって落ち着けた。
「……前にコンビニで会ったな。近所に住んでてびっくりした」
秀治がポツリと話しかけた。実子はピクンと反応する。
「あ、そうでしたね。私もびっくりでした」
柔らかな笑顔で実子は言う。秀治はその笑顔に癒される。
抱きしめたいと思いながら、怖くて手が出せない。
女に対してこんな風に思うのは初めてだった。
「あんたってさ、なんか不思議なんだよね。男に対して、距離が良いな。絶対、変に近づいて来ない」
今まで秀治に群がるのはガツガツした女ばかりだった。
実子の様に、自分から手を伸ばしたいと思った女は初めてだった。
「俺なんかにも敬語だしな」
ふふふと秀治は笑う。
「…………男性って苦手というか、周りにいないから。小さな時から子供が好きで保育士になって、でも保育士になってからは、本当に男の人と出会うきっかけもなくて。結構こう見えて仕事もハードなんですよ」
実子はにっこり笑う。
しゃがんでいる秀治は実子を見上げて見つめたまま。
「秀治さんはモテそうだから分からないと思うけど、私なんか目立つわけでもないし、気がつけばこの歳までずっと1人だったし」
告白してから、実子はハッとして真っ赤になった。
つい油断して、自分が恋人いない歴25年と浩二に続きまた告白してしまった。
秀治はそれを聞いてフッと笑った。
「やっぱりそうなんだ。なんとなくそんな気がしてた。俺と話してもすぐ真っ赤になってたし、男に免疫ないんだと思ってた」
秀治の言葉に、実子は恥ずかしくて頬が熱くて顔に両手を当てた。
「でも、そう言う女って良いって思うよ。直ぐに誰彼構わずすり寄る女よりいいって思う」
秀治はそう言って実子を見つめるが、実子は寂しそうな顔で首を振った。
「勇気がなかっただけです。受身なくせに、理想ばかり高くて。いつか素敵な人が現れて、その人と恋人になりたいって夢ばかり見てて」
実子はそう言いながら、秀治にはなんでも話せると思った。
こんな風に落ち着けてなんだか不思議だった。
もちろん秀治を素敵だと思っているが、なぜか緊張をしなくなっていた。
「素敵な恋人か。浩二さんとか?」
秀治が言うと実子は微笑む。
「私にはもったいない人です。でも、一緒にいると落ち着くし楽しいです」
浩二を語る実子の顔が、とても嬉しそうで秀治は心がチクチクする。
「なんでこんな気持ちになるのかな」
秀治はそう言って立ち上がる。
実子を見つめると、実子も秀治を見つめる。
「なんかさ、あんたといると不思議なんだよね。落ち着くって言うか、甘やかしたくなるって言うか」
秀治の告白に実子はドキドキしてきた。
王子様のような秀治が自分をどんな目で見ているのか、恥ずかしくてたまらない。
「…………揶揄わないでください。そんな風に言われたら恥ずかしい」
実子の声が震えていた。
手を伸ばせば届く距離に実子がいる。
「揶揄ってなんかいない。俺は」
秀治は、目の前で真っ赤になって目を伏せている実子を、抱き寄せようと手を伸ばした。
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