Act.2《これが、初恋なんだね。》

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土曜日になり母親も回復して、美奈子はやっと両親の元に戻れることになった。 美奈子を幼稚園に送った後に、着替え一式を母親に返しに秀治は店に立ち寄った。 「色々ありがとうね。帰りは旦那が美奈子を迎えに行くから」 「ああ。美奈子頑張ったからたっぷり甘えさせてやってよ。おねしょもしなかったしな」 秀治が笑いながら言うと母親も笑った。 「美奈子は秀治が大好きだから、おねしょなんて恥ずかしくてできなかったんだろうね。ちゃんといっぱい甘やかせるから大丈夫よ。ああ、そう言えば、美奈子の保育園で高尾不動産の次男と会ったんだってね。昨日店を掃除してたら高尾不動産の社長が来たのよ」 「ああ、美奈子を送ったときに会ったよ。すっかりサラリーマンぽくなってた」 秀治が浩二の姿を思い出して笑う。 「それがさ、なんでも美奈子のことも見てくれてる実子先生にお見合いの話を断られたようでさ、社長もがっかりしてたわよ。長男は昔から真面目ないい子だったけど、次男はあんたと一緒でやんちゃだったからね。実子先生と一緒になってもっと落ち着いて欲しかったんじゃない」 ケラケラ笑いながら母親は言う。 「へぇ。あの先生とそんな話があったんだ」 見合いの話があったと聞いて、秀治は少し驚きなぜか気持ちがざわついた。 何故だか実子の笑顔が頭から離れない。 「じゃあ、俺行くわ。義父(とう)さんにもよろしくね」 秀治は母親の店を出ると雅楽の元に向かい、今日は1日事務所の電話番をする事になった。 毎週土曜の夜は地下格闘技の試合で大金が動く。それもあり、鍛錬場は使えないが、今夜はその試合を秀治は見に行こうと思った。 電話がなり秀治は受話器を取る。 「みやび興業です」 雅楽が経営するフロント企業の社名を秀治は言う。 同じビルで不動産業と金融業を雅楽は経営しており、秀治がいるのは金融業のサラ金の方だった。 「いつもお世話になってます。ただ今、尾上は外出しておりまして」 かかって来た電話を秀治はメモに取っていく。 終業時間になると、秀治は地下格闘技の試合を見にいくために埠頭の倉庫に向かった。 武器庫のある倉庫の並びの別の倉庫で饗宴は行われる。 死闘を繰り広げる、血生臭い会場の空気に皆が興奮する。 秀治も自分の喧嘩とは、比にならない闘いに興奮して血が湧き上がる。 試合ごとに賭け金が動く。 賭けていた選手がダウンして動けなくなると、その選手を罵倒する声が場内に響き渡り、イベントは深夜まで終わる事を知らなかった。 「秀治、来てたのか」 試合が全て終わり、地下格闘技を仕切っていた宮田が秀治に声を掛けた。 「お疲れっす。今夜も凄かったですね」 秀治はまだ少し興奮が醒めやらない。 「まぁ、こんなもんだろ。今夜も死人が出なかっただけセーフってか」 笑いながら宮田は言う。 「半グレの極日連合の奴らが、ちょっと怪しい事してたもんでそれだけは気をつけてたがな」 「八百長っすか?」 小声で秀治は言う。 「ああ。今の首領(ドン)の川勝が、ガキのくせして前に尾上とも揉めたことがある問題児なモンでさ。ほら、人相の悪いのがあそこにいんだろう?」 宮田が親指で指し示す方を見て、秀治はその顔に見覚えがあり驚く。 昔、浩二のグループと敵対関係にあった川勝だった事を思い出した。 秀治の視線を感じたのか川勝が秀治を見たが、秀治の顔に覚えがなかったせいか睨みつけるだけで会場を出て行った。 「次に問題があったら出禁にするけどな」 宮田はそう言って、奥の控え室に消えて行った。 秀治は川勝を見掛けたことで何か嫌な予感がした。
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