Act.2《これが、初恋なんだね。》

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深夜に帰宅した秀治は、美奈子ももういなかったので、翌日は昼過ぎまで寝てしまった。 目を醒まして、気怠い身体を起こすとシャワーを浴びる。 冷蔵庫にはりんごが1個残っていて、美奈子に作ってやったうさぎのりんごを思い出しクスリと笑った。 「なんもねぇな。コンビニでも行ってくるか」 流石に腹が減って、秀治はアパートの近くのコンビニに足を向けた。 カゴの中に適当に食べ物を放り込む。 「あ!」 秀治はその声の方を見ると実子が居て驚いた。 「あんた、美奈子の保育園の」 秀治は偶然の出会いに一瞬頭が真っ白になった。 「実子?」 若い女の声が実子を呼んだ。その女は、秀治を見るとニヤッとして実子を見た。 「なになに?実子の彼氏?初めましてぇ。実子の姉です」 実子の姉は面白がって秀治に迫る。 「ち、違うわよ!私の勤めてる保育園の園児のお兄さん!」 実子が慌てて否定すると、姉はニヤニヤしたままその場を離れた。 「い、家がこの近くなので、ここに、お昼ご飯を買いに」 しどろもどろで実子は言う。秀治は平然と振る舞う。 しかし内心は、実子と会えたのがなんとなく恥ずかしいような嬉しいような、自分でもその感情がなんなのか理解できなかった。 「そうなんだ。じゃあ」 素っ気なさを装い秀治は実子とすれ違う。 「あ、そう言えば、あんた、浩二さんとのこと断ったんだってな。もったいねぇ」 ニヤリと笑って秀治が言うと実子は顔を真っ赤にした。 揶揄い気味に言ったはいいが、実子のその顔が可愛く見えて、何で浩二の事を今出したのかと思い、秀治はなんとなく実子から目をそらした。 「あ、あなたには、関係ないですよね!って、どうして知ってるんですか!」 茹でだこのようになって実子は言う。 秀治は、そんな実子とのやり取りが楽しく感じて不思議でならない。 実子との会話が心地いい。 もっと話をしていたかった。 「地元の話は結構耳に入るんだよ。気をつけな」 楽しそうに秀治は言うとレジに向かった。 秀治はまさか、こんな近くに実子住んでいたとは驚いた。 きっと今までもこのコンビニで会っていたかも知れないが、面識がなかったので気がつかなかったのかも知れないと思った。 実子の姉がそばによる。秀治は会計を済ませるとコンビニを出て行った。 「今の人めっちゃカッコいいじゃん!随分年下みたいだけど」 楽しそうに実子の姉は言う。 「7個下だもん」 実子はムッとしながら言う。 浩二との見合い話を、秀治が知っていたことが実子は恥ずかしかった。 実子は家に戻って家族と昼食を済ませると、自分の部屋のベッドに横になった。 秀治と偶然会ったことで胸がときめき顔が熱くなる。 年下で生意気そうと、秀治の顔をかき消そうとするが、美奈子に対して見せた優しそうな顔を思い出して、自分もそんな風に秀治に見て欲しくてたまらなくなって来た。 そして、そんな風に思う自分が恥ずかしくもあった。 一方の秀治も実子と会えて、なぜか心がポカポカする。 美奈子に接する実子を思い出し、その存在が何となく癒しになっていた。 そう思うと、美奈子がいなくなった事で、実子と会える機会も減ったのが少し残念でならなかった。 ただ自分のアパートの近くに実子が住んでいると知り、また会えたらとどこかで期待してしまう。そう思いながらもフと浩二の顔が浮かんだ。 その夜、その浩二から電話をもらい、昔の連中と会うから来いと呼び出しを受けた。 母親の小料理屋に向かいながら、浩二にどんな顔をすれば良いのか考えながら秀治は足を運んだ。 「来た来た。おう、久しぶりだな」 浩二の仲間たちは今では更生していて、皆普通にサラリーマンになっていた。 「わざわざお袋の店使ってくれてサンキューです」 秀治が礼を言うと、母親は嬉しそうに秀治に烏龍茶を持ってきた。 流石に母親の前で、未成年の自分が飲酒はできない。 懐かしい昔話に花を咲かせながら、旨い料理と酒で場は盛り上がった。 「こうしていると昔やんちゃした時代が嘘みたいだな。すっかりみんな落ち着いちまってよ」 浩二の仲間たちは口々に言う。 「そうだな。まぁ、秀治はまだ若いしやんちゃしまくりだろ?こっちの方も」 オヤジくさく、秀治を可愛がっていた仲間の1人が左指を立てた。 「ははは。最近は大人しいっすよ。今、女は断食中っす」 秀治が言うとツッコミが入る。 「それも断食って言うんか?まぁ、ある意味食いもんか」 みんながゲラゲラ笑う。浩二も酒を飲みながら笑う。 時間が経つにつれ、浩二と秀治はみんなと離れてカウンターに座った。 「お前と会ったこと話したら、みんなが会いたがってさ。たまには良いもんだな」 日本酒を飲みながら浩二は言う。 「そうっすね。まさかあの場所で浩二さんと会うとも思わなかったですけど」 秀治も久しぶりにお袋の味を味わいながら言う。 「実子さんと仲良さそうだったな」 浩二が秀治に言う。実子の名前が出て秀治はピクッと反応した。 「あ、あの先生っすか。美奈子繋がりですけどね。浩二さん、好きなんですか?」 聞きながら秀治はなぜか心が落ち着かない。 浩二が実子に本気なのか気になる。 「ああ。初めて見た時から、良いなって思ってさ。母性本能強い女に昔から惹かれるんだろうな」 優しい顔で笑いながら浩二は言う。秀治も何故か浩二の言葉に同意していた。 今回の見合いは、浩二が望んだものだったんだと秀治も理解した。 「別に好きな男が居るって聞いた。まぁ、しょうがないよね。実子さんだって大人の女だし」 そう言いながら諦めきれない顔で浩二は言う。 好きな男がいると知って、好きな男ぐらいはいるかと秀治も思った。 ただ大人の女という言葉にはピンとこなかった。 自分より年上なのは分かっているが、子供っぽい実子が浮かぶ。 そんな実子のことだから、自分と違いきっと優しい男が好きなんだろうと秀治は勝手に想像した。 「好きな男って彼氏っすか?」 探るように秀治は尋ねる。 「分からない。始め男はいないって聞いたから、見合いなんて言ってみたんだけどな」 昔から好きになった女には純情だな、と秀治は浩二を見て思った。 「じゃあ、誘ってみたら?デート。それでダメなら諦めれば良いじゃないっすか」 笑いながら秀治は言う。その反面、浩二とうまく行って欲しくない気持ちも芽生える。 「この野郎。人ごとだと思いやがって」 そう言いながら、浩二は秀治の頭をグリグリと掴んで撫でた。浩二にされる事が、なんとなく恥ずかしいような、昔に戻ったような気がした。 「そう言えば、もう、昔の付き合いは全くないですか?」 ふと川勝を見掛けたことを思い出して、秀治は様子を窺うように浩二に尋ねる。 「あー、まぁ、な。俺も昔はやりたいことやって来たから今は大人しくしてるけどさ。ただ昔の絡みで仕事で面倒なことはあるけどよ」 秀治は黙って聞いていた。 「解体業者で面倒な会社があってさ。そことの仕事はなるべく関わらねぇようにして兄貴に任せてる。川勝って覚えてるか?奴の親父の会社なんだわ」 やっぱりまだ何かしら繋がりがあったかと秀治は思った。 だが、川勝を見掛けたことを秀治は浩二には言わない。 言ったところで別にどうしようもないことだし、今の自分を母親の前で浩二に語りたくもなかった。 「あいつは俺に恨みもたっぷりあるだろうからさ」 昔を思い出して苦々しく浩二は言う。 「でも近くにそう言う奴がいるなら尚更気をつけてくださいね」 秀治が言うと浩二は笑う。 「ああ。そうだな」 浩二の様子からして、川勝が半グレの極日連合の首領だと言うことを知らないなと秀治は思った。 ただ、仕事で多少の絡みがあると知って、この先何も問題がなければと良いと思った。
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