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浩二は食事が済むと実子を家まで送った。
コンビニで会ったので近所だとは思ったが、実子の家が自分が住むアパートにあまりにも近くて秀治は驚く。
そしてその後は、浩二が無事に家に帰るのを秀治は見届けた。
ふたりのデートを見張る形になったが、今夜は何事もなく済んでホッとした。
実子を巻き込みたくなかった。
そしてしばらくは、浩二を見守る日が続いた。
怖いほど何事もなく日々が過ぎていき、秀治は少し油断しそうになっていた。
イザコザが起きた日に何かが動くと思っていた秀治は、逆に何事もなく過ぎる今の方が嫌な感じがしてならない。
途中まで取り壊された倉庫は、結局その後伊丹が管理を始めて、川勝の解体屋も極日連合も手出しが出来なくなっていた。
面白くないのは川勝だった。
「これ、最近の高尾浩二の女のようですよ」
川勝の舎弟が、実子の隠し撮りをした写真数枚を机に広げた。
川勝は実子の顔を見ながら写真を1枚手に取る。
「保育園の先生ね。昔っから、こう言う清純そうな女が大好物だったからな、奴は」
川勝はそう言っていやらしい笑いをする。
「高尾には族当時、煮湯を何度も飲まされたからな。ここで一気に逆転しておかねぇと。まぁ、この女、せいぜいお前らで好き勝手に可愛がってやれよ」
舎弟はニヤリと笑う。
「はい、そうします」
この瞬間、ターゲットが浩二ではなく、実子に変わってしまった。
だが、そんな事を浩二も実子も知るはずもなく、実子は仕事が終わるといつも通り家に向かっていた。
「あの、すみません」
まだ人が多い道で、実子は若い男に声をかけられた。
「はい?」
実子が振り返ると、若い男は実子にバタフライナイフを突き立てていた。
何が突然起きたのか実子は理解できない。
通り魔に遭遇したのかと思った。
「声を出すなよ。騒ぐと刺しちゃうよ」
男の目が異様に血走って見えて、実子は恐怖で声が出せない。ガクガク震え始めた。
「良い子だから声出すなよ。今からたっぷり可愛がってやるからさぁ」
男のいやらしい声が実子の耳に響く。実子は突然のことで助けを求められない。
周りを歩く人も、まさかこんな公衆の面前で、若い女にナイフを突き立てている男が居るとは思っていない。
男が実子の腕を掴む。実子はそのまま震えるしかできない。
「離せ」
男の後頭部に、静かな口調の秀治が拳銃を当てた。
男は気配を感じていないのにバックを取られていて驚く。後頭部に当てられた硬い物が、本物か確かめたくて仕方がない。
秀治の拳銃に気付いた通行人が驚いて悲鳴を上げた。秀治は微動だにしない。
その悲鳴で男は秀治に振り返るが、直ぐに眉間に銃口を当てられて驚きゴクリと喉を鳴らした。
「その女を離せ。これ、本物だよ。頭ぶっ放すよ」
秀治の姿を見て実子は驚く。
冷たい目で銃口を男に当てている秀治が、不謹慎だがとても美しく見えた。
助けに来てくれた王子様そのものだと思った。
街の中が一気に騒然となる。これ以上騒ぎになる前にと、男が怯んだ隙に秀治は実子の手を握ると走り出した。
実子は訳が分からないまま、ただ素直に秀治について走った。
しばらく走ると、実子がはぁはぁと息苦しそうで、秀治ももう大丈夫だと思い走るのをやめた。
だが、なぜか繋いだ手を離せない。
実子の温もりを感じていた。
「な、何が、何が…………おこっ、たの?」
はぁはぁ言いながら実子は秀治を見つめる。
「悪かったな。俺のせいで怖い思いして」
秀治は息を乱していない。自分のせいだと咄嗟に実子に嘘をつく。
「どういう、事ですか?」
まだ実子の息は荒い。
「俺、ヤクザなんだよね」
これは事実。
「え?」
実子は驚いて言葉を失う。
「さっきの男の組と今、揉めててさ。あんたが俺の女だと勘違いされて狙われたって訳」
これは半分嘘で半分本当。
本当は、浩二の女だと思われていての事だったが、秀治は浩二の名前を出せない。実子が浩二の過去を知って、今までのことを不安にさせたくなかった。
「そんな!」
真っ青になって実子は言う。怯えさせてしまったことに胸が痛む。
秀治はやっと実子から手を離して浩二に電話をかけた。
「浩二さん。今から言う場所に彼女を迎えに来てくださいよ」
秀治が言うと、浩二はホッとした声を出した。
『秀治、すまなかったな』
本当は、浩二は全てを知っている。
数時間前、秀治は浩二に電話をかけて、今、浩二が川勝に狙われている話をした。
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