更須守虎はかく闘いき

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「そいつはたぶん合酒(あえざけ)屋のせいだな」  しかし、それに答えたのは波斯花ではなかった。  不意に現れたスーツ姿の中年男性が、それまでもそこにいたかのような自然さで口を挟んでくる。 「おお、イカ社長か。なんだ、とっくに会社潰して夜逃げしたと思ってたぜ」  一方、その男性の方へ目を向けた守虎も、まるで親友にでも対するが如く悪態を吐く。 「カーッ! 相変わらず口が悪いねえ。よお久しぶりとか、元気だったかいとか言えねえもんかねえ」  ひどい言われ様に額へ手をやって嘆いてはみせるものの、彼も本気で怒ってはいないようである。  このイカのような角刈り頭をした男、本名は木戸桃次郎といい、付いたあだ名は〝イカ社長〟。ししやのとなりで零細出版社を営むしがない中小企業経営者だ。 「うるせえ。それよりもなんだ、その合酒屋ってのは?」  だが、再会を懐かしむこともなく、守虎は急かすようにその店の名を聞き返す。 「ああ、〝合酒(あえざけ)〟っていう、ずいぶんと旨い自前ブランドの酒を出す店でさ、つい最近できたんだが瞬く間に話題になって大繁盛だ」  そんな気の短い守虎にも慣れているらしく、イカ社長は何事もなかったかのようにそんな説明を付け加えた。 「合酒……あえさけ……あえしゅ……まさかダジャレ(・・・・)か? ますます怪しいな……で、イカ公、てめえはその店行ったことあんのかよ?」 「ああ、あるよ。いやあ、ほんと旨い酒だったよ。でも、あんまし酔っ払って帰ったもんだから母ちゃんにこっぴどく怒られてよう。行ったのはその一度っきりだ」  またも意味深な台詞を呟きつつ、さらに突っ込んで尋ねる守虎に、イカ社長はその酒の味を思い出して表情を蕩けさせると、直後、今度は奥さんの顔でも脳裏に過ったのか、ぷるぷると震えながらそう答えた。 「よし。なら、今からその店へ案内しろ」  それを聞いた守虎はパンと膝を叩き、やにわに立ち上がってイカ社長に道案内を請う。
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