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「――ウィ~! やっぱうめえなあ、五臓六腑に染み渡るとくりゃあ!」
その30分ほど後、日本橋界隈にある〝合酒屋〟のテーブル席で、茹でダコのように真っ赤な顔をしたイカ社長は完全にできあがっていた。
あれほど「案内するだけ」とかなんとか言っておきながら、案の定、守虎をダシに飲み始めたのである。
「お姉ちゃ~ん! 合酒もう一杯~!」
「おい、イカ公、いい加減にしとけよ? また奥さんに叱られてもしらねえからな」
守虎に渋い顔で睨まれながらも、妖艶な薄衣のベールで顔を覆う、中東風の踊子のような格好をしたホール係の女の子にまたもイカ社長はおかわりを注文する。
銀盆に亜麻色の液体の入ったグラスをいっぱいに載せ、そんな艶めかしい踊り子達が忙しなく行き来する店の中は、薄暗い黄白色の照明の下に客達がひしめき合い、噂通りの大いな賑わいを見せていた。
ホール係の衣装ばかりでなく、石造りの神殿に似せた店の外観や、まるで〝ハーレム〟を思わすような店内の様子も、やはり古代オリエント世界を髣髴とさせる独特の雰囲気である。
「……ん? おい、どこ行くんだよ?」
「なに、ちょっと〝お花摘み〟だ。野暮なこと訊くんじゃねえよ」
そのがやがやとした雑踏の片隅で、不意に守虎は席を立つとイカ社長に戯言を返し、トイレのある店の奥へとしっかりとした足取りで歩き出す。
ベロベロのイカ社長に反し、意外にも彼はまったく酔っていない……というより、グラスにちょっと口をつけるだけで、じつはまったく〝合酒〟を飲んでいないのだ。
「やっぱそうとうに依存性が強えようだな……」
疑われぬよう酔ったフリをしながら、守虎は周囲の客達をさりげなく観察する……いずれもイカ社長同様、グラスを手から放すことなくへべレケに酔っぱらっている。
「なんだ、このブサイク! てめえの顔見てるだけで酒が不味くなるんだよ!」
「なによ! そっちこそハゲが反射して店の雰囲気台無しだっつーの!」
また、そんな罵り合いをする男女の如く、悪酔いして無駄に怒っている者達ばかりが目につく。
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