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目が覚めたら、白山が見えた。どうやら、ウトウトしていたらしい。
石川県の北陸鉄道野町駅から終点の鶴来(つるぎ)駅で下車して、バスに乗り換えた。加賀一の宮バス停で降りなければならないと気を引き締めていたものの、疲れがたまっていたらしい。苦笑してしまう。
バスの窓から、ふと、空を見上げると青い空に白い雲がぱっかり浮かんでいる。
『そういえば、女優の蒼井そらが双子の計画出産(帝王切開手術)を予定していたわね。』
出産当日の様子を『AbemaTV』にて生中継することを発表し、ネット上では妊娠発表のとき以上に辛辣な声が相次いでいて、火だるま状態だ。それでも、蒼井そらは負けてはいない。ずいぶん強気だけど、今の私にとっては羨ましくも思える。
加賀一の宮バス停で降りて、目的地まで徒歩10分。スーツ姿にハイヒールだけど、頑張るしかない。
石川、福井、岐阜の3県にわたり高くそびえ、手取川の水源である白山には、古代より白山そのものを御神体と見なした原始的な山岳信仰があり、水神や農業神として崇められてきた。
養老元年(717年)、初めて白山に登拝した僧の泰澄は、翌年山頂に奥宮を建立した。泰澄の登拝以来、白山信仰は急速に全国へと広まり、各地に白山登拝の拠点となる馬場が設けられた。
その中で、加賀(石川県)馬場として栄えたのが、白山比咩神社を中心とした白山七社だ。
今回、私の目的地、白山比咩神社の本宮は、県内一の大河「手取川」と奥獅子吼山(928m)に挟まれた平坦地にたたずんでいた。
「すご~い。」
広大な境内には、天に向ってそびえる古木に抱かれるように社殿が並び、御力(みちから)に満ちた神域にふさわしい厳かな雰囲気に、私は旅の疲れが吹っ飛んだ気になった。
元々、私は現実主義者で星占いとかパワースポット、神社仏閣巡りなんか見向きもしなかった。正直、御朱印帳に夢中になっている女子を馬鹿にしていたし、ジャニーズの追っかけの方がまだ共感できていたかな。
「あれっ。今の何よ。」
せっかく東京からはるばるやってきたんだからと、境内の気をもっと味わおうと瞑想していると、大きな赤い長い何かが視界を横切ったよう見えた。やっぱ、私、心身ともに疲れているんだと嘆いていたら、どこかの見知らぬすごくオーラのあるオバサンが、親切に教えてくれた。
「ここで、蛇が降りてくるのを見た人が多いのよ。赤い柱が立つのを見た人も多いわ。白山権現信仰の母体となっている九頭龍王が祀られているから、蛇や龍に似た不思議なエネルギーを感じるのよね。」
ホッとした私は、丁寧にお辞儀をしたが、頭をあげた時には、その姿は既になかった。
『もしかして、伊弉冉の化身で白山比咩神・妙理大菩薩様かも。』
いつもの私なら、そんな非現実的なことは微塵も考えないんだけど、今の私は素直に信じようと思う。
先週の金曜日、大学の時から6年と9か月付き合っていて、結婚を考えていた彼に実は二股かけられていたことを知らされた。同時に、その別の女が妊娠したから別れてくれと彼に切り出された。あまりの衝撃に、私は固まった。言葉をなくした。
泣きわめくなんて才色兼備の私のプライドが許さないのもあったんだけど、本当に悲しい時には涙が出ないということを体験できた。私は、凍りついた表情のまま、冷静に別れを承諾した。そうするしかなかった。
彼はホッとした様子だけど、何かまだ言いたげそうな悲しい表情を浮かべたが、そのままま去って行った。
悪い時には悪いことが重なるもので、次の土曜日、同じ部署の男子新入社員に仕事のことでちょっとミスを注意しただけで泣かれ、「パワハラだ。僕、もうやめる。」と大騒ぎになり、上司にきつく叱られた。
あまりに馬鹿らしくなり反論する気も失せた私は、たまっていた有休を三日間だけとり、ここに来たという訳だ。
毒喰わば皿まで。今日だけは現実主義者の私、女のくせにロマンが無い、可愛くないと元カレに言われたことがある私は、本尊三昧耶印を結び、軍荼利明王の真言を一生懸命唱える。何事にも研究熱心なのが、私の良いところだと、会社でも言われているが、元カレが褒めてくれたかな。
「おん あみりてい うん はった」
蛇は、普段は人体の尾てい骨付近に眠っている原始的なエネルギー中枢・グンダリニーを象徴する。赤色に見られるように、人間の根本的なパワーを刺激するエネルギーに満ちた場所である。
密教では、グンダリニーを象徴化したものが軍荼利明王。
一心不乱に真言を繰り返し唱える私は、尾てい骨から不思議な力が沸き起こるのを感じた。めっちゃ、嬉しい。止めどもなく涙があふれお化粧が崩れ落ちるのも気にならない。
この神社は、根本的なエネルギーを追及する修行者、自分の未知なる可能性を見出したい人、もしくは自信を喪失した人、自分を見失った人などがエネルギーをもらいに来るのに最適な場所だとネットにあった。
元気や覇気がなく、ネガティブ思考に陥っている人、自分を変えなくてはダメだと思っている人におすすめの場所だとも書いてあったが、今の私は心から信じることができる。
私のグンダリニーが心地よく燃えるように熱い。
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