しめた感傷

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 そして、この質屋も、手書き書類での管理だった。溜息を吐きたくなるのを堪えて、坂下は片岡敏夫の名前。高級時計にブランドバッグ。それぞれに目を配っていた。  しかし、次第に集中力は切れてしまった。 「吉田さん。本当にあるんですかね?」  坂下は思わず愚痴をこぼした。しかし、吉田にあっさりと跳ね返された。 「何暗い事を言ってんだよ。お前は、あいつが本当の事を言ってるとでも思ってるのか?」 「そうは思わないですけど」 「それに、そんな事を言っていると、若野さんの事を否定している事になるぞ」  これは、班長である若野の勘から始まったものだった。 「そんなつもりはないですけど」 「俺達はチームなんだ。仲間を信頼しないでどうする? いいか。これだけはお前にはっきりと忠告してやる。情報と経験は侮れないんだ。それは上の人間だろうが、下の人間だろうが関係ない。今回は若野さんの意見でこうなったけど、お前の意見だって同じようにやるさ。だから、やりもしないで愚痴愚痴言うんじゃねえよ。それだけは頭に叩き込んどけ」 「はい。以後、気を付けます」  坂下は覇気のない声で答えた。そんな事はわかっている。しかし、見えないゴールに向かうのは、愚痴くらい言わないとやってられない過酷さだってあるのだ。 「なんだよ。返事くらいもっと元気よくしろよ」  そんな坂下に、吉田はじっと視線をぶつけた。鋭く力強い狂気。これを体験した事がある人間なら、誰もが怖気付いてしまうと、口を揃えて言うだろう。もし疑うなら、一度味わってみろと言いたくなる。吉田の目力は、それほど狂気的なものなのだ。 「すみません、以後気をつけます」  坂下は謝った。吉田は頷いて終わりだ。以後、坂下は再び、自らの作業に集中した。  坂下は黙って、作業を根気よく続けた。しかし。  ふと一人の顧客書類に、思わず手が止まってしまった。  坂下はパートナーの吉田に悟られない様に、その相手が売りに来た品に目をやった。  まさか。そんなことはないよな。  坂下の頭に、そんな言葉が響く。店の人間に言って、実物を見せてもらおうかと迷ったが、すぐにその思考を振り払った。これは捜査とは関係のないものだ。そんな私情を挟めば、上から何を言われるかわからない。  しかし、その後も一枚一枚と書類を探っていったが、全く集中できなくなっていた。  夏海の奴、本当に俺がプレゼントしたバッグを売ってしまったのか? 坂下は、そんな自問自答を繰り返していた。
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