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部屋の玄関から顔を出した夏海は、明らかに動揺していた。
「どうしたの? こんなに早くから」
「いや、その」
坂下は躊躇ってしまった。ここに来て、本当に言うべきかと、自問自答を繰り返してしまった。もう夏海が目の前にいるというのに。
すると、モジモジとする坂下に、夏海のスイッチが入った。
「何よ。言いたい事があるから来たんでしょ?」
夏海は、苛立ちを露わにした。そんな夏海を見た瞬間、坂下の腹は決まった。
「俺に隠してる事ないか?」
「何よ、いきなり」
「答えて欲しいんだ」
「そんなものあるわけないでしょ。わざわざそんな事を言いに来たわけ?」
熱を浴びる夏海を前に、坂下はどこか冷静になっていた。
「本当か?」
「しつこいな。ないわよ」
夏海はそう言い放った後、頭を掻きむしった。
「そもそも、何を疑ってるのよ?」
坂下は、素直に理由を話した。その事実を告げていると、次第に夏海の目の色が変わっていくのが見て取れた。
「だから直接言葉で聞きたかったんだ。あれは、本当に俺がプレゼントしたものだったのかって」
坂下は、胸の内を全て明かした。しかし、夏海は黙り込んでしまった。
二人の間に沈黙が流れた。
どちらから言葉が生まれるわけでもなく、ただ、マンションの下から聞こえる小学生達の元気な声だけが響いていた。
俯き、顔を上げない夏海。それをただ見下ろす坂下。
そしてーー。
「違うわよ」
夏海の声は、力弱かった。
「違うの。実はね、もう自分で買っちゃってて。だけど、同じ物を持ってるなんて言えなくて」
「そうだったのか」
坂下は優しく微笑んだ。
「でも、まさか同じ色のバッグだよ。浩史が私の好みをわかってくれてたのは、ちょっと嬉しかったかな」
「そうか」
「ほんと、ごめんなさい」
「構わないよ」
坂下は腕時計を見た。
「もうすぐ仕事だろ? 朝早くから悪かったな」
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