皇帝断罪

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 今日は私からみなさんに、お話をひとつ聞かせてあげましょう。この時間帝国の長い歴史の中で、最も重い罪を犯した男の話を。  まず、お話する必要はないかもしれませんが、この時間帝国は、宇宙に流れるすべての時間を生成、管理しているところです。時間帝国の動きが止まれば、それはすなわち、宇宙に流れる時間すべてが止まるということです。宇宙の時間が止まれば、そこにいるすべてのものの動きが止まり、やがて死に絶えるでしょう。神が創り給うたこの素晴らしい世界を守るために、私たちは日夜尽力しているのです。  さて、尽力しているのは、みなさんもちろん知っていますね。創出部隊の方々です。彼らが実際に宇宙に流れる時間を創っているのです。創出部隊の活躍を見たことはありますか?見たことがないならば、ぜひ見て帰るように。彼らが転光機をこぐことにより、時間のもととなる光が創られます。そしてその光が神の神殿を通ることにより、時間となり、そして宇宙に流れていくのです。  創出部隊は、いわばこの時間帝国の要ともいえる存在です。彼らなくしては、この宇宙に流れる時間を創り出すことはできないのですから。  では、お話に戻りましょうか。この時間帝国で最も重い罪を犯した男の話を。彼は時間帝国の皇帝までのぼりつめた男です。しかし、この帝国に反旗を翻したのです。そう、神の神殿を破壊しようとしたのです。神殿を破壊するなど、時間帝国の国民でならば、とても想像することすらできません。しかし、彼はそれを実行しようとしたのです。これは重罪です。皇帝の身でありながら、神殿を破壊しようとしたのですから。  そして、彼は、そう。彼は、同時に、私の最大の友人でした。友人の異変に気がつくことができなかったことを、私は今でも悔います。  時間帝国の皇帝というものがどんなものだか、みなさんはわかりますか。時間帝国皇帝は、神にも等しいといっても過言ではないのです。神から与えられたこの帝国の権限、すべてを統括している存在なのです。まあ、皇帝である私自身がこのようにいうのもおかしな話ですが。私は皇帝として日夜、神と対話し、神からこの帝国に与えられた権限すべてが、つつがなく進行するように、そう、時間がつつがなく生成されるように、祈りをささげているのです。  さて、罪人の話に戻りましょうか。まずは、みなさん、こちらをご覧ください。これは時間の牢獄といい、時間帝国で重い罪を犯したものたちが捉えられている牢獄です。この牢獄のいちばん奥に、最も罪の重い者たちが捕えられている、永遠の牢というものがあります。そこに、彼はいます。彼は今でも、彼の生きた過程を、永遠に繰り返し続けています。そして彼の犯した罪もまた、この牢獄内で永遠に繰り返され続けています。そう、永遠にです。  彼と私は、同じ教育所の出身でした。彼は孤児でした。彼の父と母は、彼がまだ幼いころに死んでいたそうです。そう彼は聞かされていました。彼は教育所に入りたてのころは、あまり友人たちと関わりを持つことはありませんでした。教育所の成績も決していいとは言えるものではなく、それが私の友人たちの間で、少しだけ話題になっていました。ここまでの劣等生、初めて見たと。彼は大人しく、慎ましい性格で、そのことばを聞いても、何も言い返すことはなかったのです。  そんな彼に初めて声をかけたのは、他でもない私でした。幼いころの私には、彼のような慎ましさはありませんでした。だからずけずけと、彼の閉ざされた世界に入っていくことができました。そして、すぐに気がつきました。彼は決して劣等生ではないということに。彼にはとても素晴らしい才能が眠っていました。私はすぐに、彼にたくさんの知識を与えました。そして彼はそれ私自身も驚くような速さで、すぐに吸収していきました。彼はだれよりも優秀だったのです。ああ、今思えば、私が彼と関わりをもたなければ、彼はこの牢獄に捕らわれることはなかったのかと、私は、今でも私自身を責め続けています。  彼と私は、互いに互いを高めあいました。彼が1位を取るならば、私はその次に必ず見返してやりました。そうすることで、彼はまた一段と優秀になっていきました。そのときには、私の友人の間にも彼の素晴らしさが伝わっていましたから、彼のまわりにもたくさんの人々があつまるようになっていました。  彼と私がまだみなさんのように幼かったときのことです。私たちも、みなさんと同じように、この時間の牢獄を見に、ここにやってきました。そのときは、私たちの指導員が私たちに色々な話を聞かせてくれました。まだこのときには彼は捕まっていませんでしたから、今のみなさんと同じように話を聞いていたことになります。彼は、この時間の牢獄を見てから様子がおかしくなってしまったように思われます。みなさんも、彼のようになりたくなければ、決して時間帝国に逆らおうなどとは思ってはいけません。そういう意味では、彼はみなさんの指導者なのです。どうぞ心にとどめて置いてください。  この牢獄を初めて目にしたときに、彼は、ひどく厳しい顔をしていました。いつも穏やかな彼が、今まで見せたことのない、そうですね、強烈な憎しみを持った瞳をしていたように思います。私はそれに異変を感じましたが、彼はすぐにもとの穏やかな顔に戻り、私に話しかけてくれました。だから、そのことをすぐに忘れました。思えば、これが私の後悔の始まりです。この牢獄は彼に一体、何を見せたのでしょう。  彼と私は「いつか創出部隊に入りたい」という、ごく普通の子供でした。そして、その思いはずっと、変わることはありませんでした。  話をすすめます。彼と私はその後、順創出部隊に配属になりました。彼とともに輝かしい創出部隊に配属されたことを、私は心の底から喜びました。それは彼も同じであったと信じたいのですが、きっと彼はそのとき、創出部隊ではなく、もっと上を見据えていたでしょう。  彼と私はその後すぐに、討伐部隊に配属になりました。討伐部隊は、ここに閉じ込められている罪人たちをつかまえるための部隊ですね。みなさん、ご存知とは思いますが。  そして、そう、忘れたくとも忘れられません。彼と私が始めて、討伐部隊として、任務についた日のことです。  あの日、私たちはともに創出部隊員として転光機をこいでいました。見たことない者は必ず見て帰るのですよ。転光機が回るたびに創りだされる光はとても美しいですからね。そして、召集がかかりました。罪人があらわれたと。私たちはすぐに、討伐部隊の司令室へと駆け込んでいきました。 司令室では、罪人の情報がすでに映し出されていました。私たちが、いえ、捕まえたのは彼です。彼が捕まえたのは、ご覧なさい、あの番号です。163654313877。あれが、彼が捕まえた女です。名前はヘレナ。これは、通称です。本名は、忘れてしまいました。しかしそれは些細なことです。  彼女は時間帝国の討伐部隊に危害を加えた罪で拘束されました。それを捕まえたのが、彼だったのです。  私たちは、討伐部隊の一員として、ヘレナがいる時代へと転移しました。時間転移は専用の装置を使って行われます。これも見ることができますね。見たことのない方はぜひ見てから帰ってください。とても無機質なものですが、非常に優れた装置です。ええ、この時間帝国で唯一、時間転移を可能にしているものですから。もちろん、そのためには神のお力が欠かせません。みなさん、我らが神に感謝しましょう。  そして、私たちはヘレナのいる時代に到着しました。それは、私たちから見れば過去の方角でした。ヘレナのことはずっと監視部隊が監視を続けていたようです。彼女の精神状態に異常が見られたからです。その日も、監視部隊が、彼女の精神状態の検査のために、彼女を呼び出したのだそうですが、彼女はそれに応じなかったそうです。そこで彼女を監視部隊と討伐部隊が捜索したところ、彼女は、彼女を発見した討伐部隊の1名を負傷させ、逃亡したのです。  しかし、この時間帝国に逃げられる場所などありません。みなさん、これだけは覚えておいてください。この帝国内に、監視の目が行き届かぬところなど無いなのです。彼女はあっさりと、彼により追い詰められ、拘束されました。  後にわかったことなのですが、彼は罪人へレナの息子だったのです。彼自身もおそらく、今もその事実には気がついていないと思われますが。そういったことも、彼があのような間違った道を歩むことを決めるひとつの要因だったのでしょうか。  彼はその功績をたたえられ、勲章を授かりました。第1級の、最上級のものです。  そして、そう。あの事件が起こります。「皇帝断罪事件」です。時間帝国皇帝が、神の神殿を破壊しようと試みたあの事件です。そして、その時、皇帝を捕らえたのも、他でもない、彼だったのです。  この事件は、あまり深く語るのはやめましょう。ええ、私も討伐部隊の一員として、時間転移をし、あの作戦に参加しました。しかしそれは、あまりにも、つらいものでした。私たちの信じていた皇帝が、この帝国で最も重要な神殿を破壊しようなどとは、本当に、今でも、考えたくはないことです。  しかも、これは、そのとき皇帝を捕らえた彼から直接聞いたものなのですが、皇帝自身が、「自分を殺してはならぬ」と、そう彼に告げたそうなのです。自分の犯した罪の大きさも理解せずに、よもや、「殺してはならぬ」などとは。そんな皇帝を選んだのは一体誰なのでしょうか。
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