驚きの初詣

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元旦の刺すような冷気の中、僕は行列の中に居た。そう、初詣だ。 午前中にお餅を食べて、コートを着込んだ昼下り。 僕は妻に誘われて、散歩がてらの腹ごなしに、さして知りもしない神社へぶらぶらと歩いてきたはいいものの、神社は予想以上の参拝客で、小さな境内の外までお参りの列が出来ていた。 初詣へ誘ったはずの妻がその行列を見て、やっぱりやめるか、と早々に心が折れてしまったけど、寒い中折角来たのだからと、僕が言って行列に並ぶことになった。 神社は形見狭そうに住宅が並ぶ街の中に、やっぱり形見狭そうに立っていた。 長細い境内を人が埋め尽くして、境内を出たところで横に曲がって行列が出来ている。行列は一ブロック続いていた。 その最後尾から十分並んでも神社はまだ見えなかった。 「そういえば、ここは何の神社なんだろう?」 不謹慎もいいところだが、妻に誘われるままに出かけた僕はその神社の名前さえ知らなかった。 「おどろき神社、という名前だったよ」 「轟?」 聞き慣れない名前に僕はしっかりと名前を聞き取れなかった。ありそうな名前に勝手に頭の中で変換したけれど、間違いで携帯の画面を確認している妻に訂正される。 「お、ど、ろ、き。驚くの驚き」 「驚神社か。変わった名前だなあ。漢字も驚くの字なのか?」 「そうみたいだよ」 などと話しているうちにもう十分たち遠目に神社が見えてくる。入り口には確かに驚神社と書かれていた。 「これは驚かされた。本当みたいだ」 「そう言ってるでしょ」 寒いからだろうか、妻の声には少し棘があった。しかし神社が見えてきたことで境内の中が少し伺えるようになった。行列の先は入り口にあった二重の鳥居をくぐり、境内の中へすっと飲み込まれている。 「これは思ったよりかかりそうだ」 境内は僕が考えていたよりずっと長細く。まるで住宅街に刺さった木の枝の様に両脇に木を抱えて、細長く奥まで続いている。 「しかし驚神社というのは、本当に珍しいね」 「そうね。一体どういう由来なのかしら」 ふむ、と僕は神社の由来を考えてみる。時間はまだまだありそうなのだから、一つ神社の由来を推理するのも悪くない。妻にそう言うと、暇を持て余していた彼女も少しだけ声を踊らせて、それもいいかもね、とのってきた。 「推理の根拠にできそうなのはやはり驚という名前だろうね」 境内に入れば何かヒントがあるかも知れないけれど、今のところ、それも見えない。 「何か昔に驚くような出来事があったのね。その時の出来事で近所の住人が驚いたから驚神社なのよ」 それはもうざっくりとした推理を妻が披露する。あまりにざっくりし過ぎていて、もはや指摘する箇所が見つからない。 「そうなると驚神社という名前を僕たちが聞き慣れないことがおかしいけどね」 「どういうことよ?」 「何の神社にせよ神様を祀ってるわけだからね、祀るに至った出来事は全部人間からしたら驚くだろうなって。それで驚いたから驚神社なら、全国にもっと驚神社はあっていいよ」 「むー。何よそれ」 「それに驚いた出来事のほうを祀ったり、敬ったりするわけで、住民の反応を名前にするなんて、随分と自尊心の高い住民だね」 「むー!」 この言葉には妻も腹を立てたようで頬を膨らませて抗議してくる。僕は慌てて謝って、妻の気を治めた。 そうこうしていると行列は更に進んで、僕たちは遂に入り口にまで到達した。僕も妻もまだ見えない本殿に向かって一礼してから鳥居をくぐる。 入り口に立てられた掲示板に伊勢神宮の案内が張り出されていた。 神社の入り口に張り出された遠く離れた神宮の案内というのは何かヒントになるだろうか。それは何とも言えそうにない。神社同士にも繋がりはあるだろうけれど、僕は国内の神社事情に詳しいわけではなかったし、伊勢神宮の流れを汲む神社があったところで驚かないけれど、このご時世にそんな繋がりがなくても横の繋がりで観光案内が出ていることに不思議はなかった。 「わかったわ!」 妻がまたそう言った。 「きっとこの辺りの地名が驚なのよ! 驚にある神社で驚神社」 けれど僕は首を振った。僕たちが住んでいるところから十分は歩いたところだから、正確な地名はわからないけれどそんな変わった地名ではなかったはずだ。 「変わっちゃっただけかもしれないじゃない。昔は驚だったかもしれないじゃない?」 そこまで言われれば否定はできなかったけれど、やはりそれも違う気がした。 「もし本当にこの辺りが驚という地名を持っていたなら、それはきっと驚神社と同じ由来になるじゃないかな? そんな変わった地名になる由来があるなら、地名よりも同じ由来の神社と考えるほうが自然だよ」 「むー」 この意見には妻も納得したのか、また腹を立てることはなかった。 長細い境内には真ん中の石畳に行列が、両脇の土がむき出しの場所には木が不規則に植えられていた。木は僕の予想よりもずっと不定期で、境内と外を区切る役割を殆ど果たしていないほどに、空間が開いた場所もあって、ところによると隣に立った家がばっちり見えてしまっている。 鳥居をくぐったすぐのところに、長細く屋根のある建物があった。建物の背は僕よりも低くて、木材が置かれたり、藁で編まれた太い縄が置かれていた。これもヒントになるものとは思えなかった。 他にここからヒントになりそうなものは見えなかった。分かるのは、境内の奥に実は階段があって、列はその先まで続いているということだった。 それから僕たちは、勝手な推理を言い合っては否定し合うことを続けて、本当に小さな太鼓橋(地面の形が少しだけ少しだけ起伏を持たせているだけで、下に川や池があるわけでもない簡易的なものだった。妻にこれは太鼓橋かな、と言われなければ僕は気づかなかったかもしれない。)を渡った後、階段の麓に達した。 「あー、あっちに坂もあるんだね」 と、妻が階段の麓から、右にそれた道を指した。そちらからベビーカーを押した人たちが降りてきていた。 ちゃんとしたヒントも見つけられない推理に妻はもう飽き始めているのだと思った。 階段を登り切ると様子はしっかりと神社になっていた。階段を登ったすぐ右手には手水舎があり、左側には御守やお御籤を広げた社務所がある。正面には大きく本殿があった。 僕と妻は交代で列を抜け出して、手と口を清めた。その時、手水舎の隣にあった絵馬を奉納する掛所が視界に入った。人の願いを除き見ることに、抵抗があって僕は目を逸らしたけれど、絵馬の柄が気になってもう一度視線を戻してしまう。 掛所で表面が向いているものはその殆どが馬の柄だった。 列に戻ってからそのことを妻に言うと、 「絵馬なんだから当然でしょ」 と言われて、そんなものかと納得する。 いよいよ本殿が近くなって、前の人ももう二人三人になると、本殿の隣に立てられた灯籠に彫られた柄もよく見て取れた。四足歩行の動物がぐるりと列をなして彫られている。体調はそれほど大きくなかったから、鹿かとも思えたが角がない。それは馬だといったほうが僕には納得できるものだった。 もう真正面に見える本殿には驚神社と書かれた提灯がかけられていた。その提灯の中に馬の字を見つけて、一人合点がいった。 僕と妻はお参りを済ませた後、振る舞いの酒を飲みながら、お御籤を買った。 二人とも吉と出て、特に僕のものには、鋭く洞察し物事を見抜けるから思うままに行動せよとあった。 僕は少し入れ過ぎた酒を飲みながら、妻に言った。 「驚神社の由来だけど」 「ん、まだ考えてたの?」 「ん、そう」 やはり妻は途中から飽きていたようだ。僕も推理するばかりで口には出さなかったから、妻にとってその話題はもう終わったもののようだった。 けれど僕は構わずに言った。 「馬を敬う、で驚神社、というのはどうだろうか?」 僕の言葉に妻は頷きながら言う。 「あー、なんか如何にもありそう」 「そうだろ。なんか所々に馬がいたから、そう思ったんだ」 「え、馬なんていないわよ」 妻は辺りを確認する。 まあ、確かに本当の馬はいなかった。僕は見かけた馬を妻に説明する。 なるほどね、と妻は今度こそ納得している。その姿に僕も満足だった。 結局これは僕の推理に過ぎず、本当の所はわからないけれど、本当にそうだったらいいな、と思いながら僕たちは登ってきた階段を下った。 あっていたならきっとお御籤のいうとおり、今年はいい年だろう。
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