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「旦那さま、なにか悩みごとがあるんじゃありません?」
奥寺さんに唐突にそう訊かれ、返答につまる。人の良い笑顔。よもや私がひき逃げ犯だなどとは夢にも思っていないだろう。
「家政婦の分際であれですけど、よかったらなんでも相談してくださいね。頭はよくないですが、年輪だけは重ねているから……」
おほほ、と笑って奥寺さんは言う。
「年の功? なんちゃって」
私はぎこちない微笑みを返す。
「ありがとうございます。でも大丈夫、問題はありません。また、なにかあったら相談します」
「そう。それならいいけど」
おほほ、とまた奥寺さんは笑った。
相談なんて、できるはずなかった。
奥寺さんにも、誰にも。
「相談なんて、必要ないさ」
吐き捨てるように言う。
「黙ってりゃいいんだ」
そう、ただ黙っているだけ。黙っているだけで、私の家族は守られる。
家族を守るためなら、無関係の誰かが犠牲になったところで、私の心は痛まない。痛むはずがない。
そうじゃないか?
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