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田舎娘たちのマフラー
「とった!」
青い空。白い雲。東京から遠く離れた田舎町。
音楽の教科書に出てくる、
〈夏がくれば 思い出す はるかな尾瀬 遠い空〉
の歌い出しで始まる『夏の思い出』を彷彿させるような風景。そんなのどかな田舎町に虫捕りが好きな女の子が二人いた。
小学生のケイは草の茂みで涼んでいるバッタを捕った。それを捕る前は、大きな石の下で、もぞもぞしていたミミズをつかまえていた。
「あたしもケイちゃんに負けないよ」
同級生のミサトは生い茂る緑を真剣な眼差しで見つめながら返事をした。
「ほら、とった! ケイちゃんには負けないんだからね」
ミサトは誇らしげにケイにダンゴムシを自慢した。
「やっぱり、ミーちゃんは虫を捕るのが上手だよね」
「そうよ、これから、もっと、大きなやつを捕るから、見ていてちょうだい!」
ミサトは静かに小川に入っていき、
「やった! 見て、ミーちゃん。ほら!」
と言いながら、捕まえた鮎を得意気にケイに披露した。
「わあ、やっぱり、すごいね、ミーちゃんは! あたしも取りたいけど、魚は難しそうかも。コツとかあるの?」
「コツはね、ギリギリまで近づいて、後は勢いでガッチリとつかむのよ!」
「それができたらいいんだけどね。あたし、大きいものを捕るのは、ちょっと苦手なの。バッタやミミズ、ダンゴムシとかなら、まだ大丈夫だと思うわ」
ケイは目を細めながらため息をついた。そんなケイを見て、さっきまで生き生きとしていたミサトの表情に陰りが曇った。少しの間の後、ミサトは話しだした。
「ケイちゃん、トンボなんてどうかしら? この時期だと、小川の淵に咲いたツユクサを食べているから狙いやすそうよ。オニヤンマとかだと大きくて難しそうだけど、普通のトンボなら大丈夫よ。秋になると赤とんぼが小川に集まってくるから、それに向けての練習もできるし」
ミサトは言い終えると、落ち込んでいるケイの目を見つめた。
「ごめん、ありがとう。ミーちゃん。なんだか元気出たよ。トンボ捕まえてみる!」
ケイとミサトは小川に沿って歩き、ツユクサを食べているトンボを見つけた。
緑で生い茂った木々の葉がちらほらと抜け落ち、冬の殺風景に移り行く季節の変わり目。
月日が経ち、ケイとミサトは中学生になっていた。中学生になっても、相変わらず仲が良く、クラスは違えど一緒に学校から帰宅していた。
終業式があった日の帰り道。オレンジ色に輝く夕日を見ながらミサトは言った。
「やっぱり、この時期になると一段と冷えるね。昔だったら、赤とんぼでも捕まえに外を出歩いていたのに」
「ほんと、そうだよね。冬なんか来たら、朝ベッドから外に出るなんてマジで無理!」
「ほんと、そうだよ。わたしなんか、数年前のこの時期に小川に入って魚を捕まえていたんだっけ。考えられない。なんだか、急におばさんになった気分だし(笑)」
ケイとミサトはお互い顔を見て笑いあった。ミサトは話題を切り替え、話を続けた。
「ケイさ、その淡いピンク色のマフラー、超カワイイね。デザインもいいし、生地も柔らかそう。それでいて物持ちもよさそうじゃない。どこで買ったの?」
「ほめてくれてありがとう。だけど、これ買ったわけじゃないんだ」
「えっ、そうなの? 親戚のおばさんのおさがり? それとも、もしかしてケイの手編み?」
「いや、どちらでもないんだ。実はこれ、わたしの『舌』なの。親にマフラーを買って、と頼んでも買ってくれなかったの。だから、グイっと舌を出して巻いてみたんだ」
ミサトは感心した表情を見せると話し出した。
「なるほどね、そうだったんだ。それじゃ、ある意味、わたしも似たようなものだな」
「似たようなもの?」
「うん、だって、わたしもマフラーをしているんだ」
「えっ、そうだったの? 全然気がきがつかなかった」
「ああ、やっぱり、まあ、そうだよね。同じクラスの子たちも気づいていなかったし。
わたしがマフラーをしていることを言うと、やっと気づいたの。マフラーの色が溶け込んでいるから、分からないのも無理ないかな。
この間、脱皮して、皮を捨てるのがもったいなかったから、首元に巻いてみたんだ。これが意外に温かいんだよね」
その後、蛙(ケイ)と巳(ミサト)は話しながら、冬眠に入る前に栄養を蓄えるべく、小川の方に歩いていった。
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