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僕と君のそれから
朝井 美嘉がSNSのメッセージに不本意な内容を送りベッドに突っ伏していると、こつん、と窓が鳴ったような気がした。
美嘉の部屋は二階だ。ぎょっとして彼女が窓を見やると、もう一度、軽くて硬質な音が鳴った。その瞬間に、なにか小さなものが窓へぶつけられたような… 小石、だろうか。
そのとき、手の中にあったスマホが震えた。
慌てて確認すると、響谷 亜紀から返信の着信が。
「いま、そとにいるんだけど」
窓が鳴った時の衝撃どころではない。美嘉は急いで窓を開けて身を乗り出した。家の門の前に、切りっぱなしのボブに上下スウェット、眠っているんだが起きているんだか常に意識の存在を問わねばならなそうな眼差しに、鼻の頭を赤らめた亜紀が見上げて手を振っている。
マフラーさえしていないなんて!
美嘉はジャケットを羽織るとマフラーを二本探して手に取り、1本を自分に巻くと急いで家の外へと出た。
「どうしたの、なにかあった?!」
「いや、なにかあったの、ミカの方じゃないの?
なんか今日、一日、わたしのこと探してたみたいだけど」
「あ、いや、べつに僕は…」
「そうなの?」
首を締めよとばかりにマフラーを巻きつけられた亜紀が、小さく首を傾げる。その傾いた耳元とマフラーの間に生まれる黒髪のたるみの柔らかさ。
美嘉はその曲線さえぎゅうっと胸が締め付けられ、くらくらしてしまう。
亜紀はゆっくりと瞬きをして、彼女に返した。
「じゃあ、いいのだけど。ミカ、明日は空いている?」
「え」
美嘉は自分の耳を疑った。自分が言ったのかとさえ思った。しかし、動いていたのはマフラーに半分埋もれた亜紀の唇だ。
自分が言いたくて言えなかった言葉を、彼女はあっさりと白い息とともにふわりと口にした。
「前に、ミカが見たいって言ってた映画、明日から公開だったよね。
さっき思い出してね。もしかして、ミカの用事、それだったのかなって。
まだチケット取ってないんだけど」
「ぼ、僕が取ってる!」
「え、そうなの? あ、誰かと予定あった?」
思わずいく段か飛ばして告げた美嘉に、亜紀はハタ、と瞬きをした。
美嘉は彼女の誤解に勢いよく首を振る。
「あ、そうじゃなくて… こ、これから取るの、任せて、11時でも大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう、こういうのは、ミカに任せた方がいいもんね」
よろしくね、とマフラーを巻いたままだった美嘉の手を取り、温めるように包んだ。
実はもう昨日の時点で予約してました、なんて言葉は無粋だ。
ふふ、と笑う亜紀の笑顔のスペクトル。視認できないはずなのに、美嘉には眩しくて直視できない。
この瞬間、天の川銀河を擁するラニアケア超銀河団のあらゆる銀河から、惜しみない祝福が送られたことなど、十七歳の彼女らが知る由もなかった。
ふと見上げた宵の口の空に流れた光を見て、「あ、流れ星」と指をさす愛らしさよ。
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