天の川銀河の端っこ 1

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天の川銀河の端っこ 1

 スマホが壊れた!  ミカ・アサイは沈黙を続ける筐体を握りしめ、愕然と言葉を失っていた。  それほどまでにこの国の『十七歳』にとっては、この掌大の筐体は日常生活にとって必要不可欠であり、ひとたび機能不全に陥れば所有者本体の機能にまで不具合を生じさせることもままある(筐体と所有者には何一つ物質的関係性はないというのに!)。  ミカ・アサイの場合もどうやらそのようだった。  ささやかながらフォローをすると、彼女には直近でこの筐体を使用しやらねばならないことがあったのだ。そのため、最重要手段だった筐体が沈黙し代替案も持たなかった彼女にとってみれば、この状態は言葉を失うほどの衝撃だったに違いない。  ミカ・アサイは、しかしそこそこに聡明な少女だったらしい。  サッと壁の時計に目を走らせ、時刻を確認する。地球日本時間にして、現在19時34分15秒。つまり、ミカ・アサイが定める目的時間まで残り39時間と25分45秒となる。  彼女の小さな桜色の唇が引きつったように弧を描いた。  まだ、──── まだ猶予がある。  ……… と、彼女が思ったかは定かでないが、その微笑みからはそう読み取るのが自然であろう。そこだけ切り取れば、追い詰められた犯人が残された時間に辛うじて希望を見出した一コマと言っても差し支えないほどだ。ミカ・アサイの微笑みは壮絶だった。  彼女はガバッとベッドから起き上がると、「マコト! ちょっとパソコン貸して!」と弟の名前を呼びながら部屋を出て行った。  予定は多少狂ってしまい、予定行動の順序が変わってしまったが、致し方あるまい。  覚悟の一つの証明として、ミカ・アサイは確定してから実行するはずだったその予定を前倒すこととした。  弟の端末機器を借りて、彼女はその文字列を打ち込む。  ─── 365シネマ横浜 僕と君のそれから ───  予約するチケットは二枚。ミカ・アサイの後ろから弟が覗き込み、「へえ」とコメントも少なく頷いた。賢明な弟君である。いつもと様子の違う姉、そしてチケットの枚数、これらから推し量れる姉の心情を察し、それ以上の言及を避けたわけだ。  なまじ変なちょっかいを出すと、この国に古くから伝わる言い伝えでは、突然の馬に蹴られてしまうのである。  ミカ・アサイは画面に映る予約確定の文字列を確認し、ふんす、と鼻を鳴らした。これで後戻りはできない。この二千円は明日に彼女がコンビニエンスストア(※1)で現金支払いを済ませる。  (※1:年中無休・24時間稼働という恐るべき実績を持ちながら国内に無数に点在する有人の食料雑貨販売所だ。手厚く保護され讃えられるべきである)  そして2日後の11時には、彼女はもう一人の手を取ってシアターの2時間以上座っても臀部に負担の少ないシートに腰を下ろしているはずだ。  ミカ・アサイは相手の予定を確実に押さえたいのだ。  そう、彼女は、ある特定の対象をこの映画に誘いたいのである。
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