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 二〇三八年。イギリス政府は国民に個人識別番号を付与。脳の活動記録を含めた、あらゆる個人情報を国の下で保存管理すると発表した。  目が覚めた時、真っ先に浮かんだ言葉は『うるさい』だった。 「……ロー、アロー、私の声が聞こえる? 聞こえたら返事をして。……ダメね、反応なし」 ――ああ、うるさい。さっきから聞こえてる。耳元で何度も、アロー、アローって。 「……ぅ、……っ」 「なんてこと、あなた今反応した⁉ 誰か先生を呼んで! 患者の意識が戻ったわ!」  頭の中で誰かの声がガンガンと反響した。脳みそをシェイクされたみたいに世界が揺れている。その上全身の骨が折れてでもいるのか、指先一つ動かすことができない。 「もう大丈夫、あなた助かったのよ! あれほどの事故に巻き込まれて無事だなんて、奇跡だわ! 神様って本当にいるのね」 ――奇跡? 神様? 無事? 体中で悲鳴を上げていない場所なんて一つもないのに?  うるさい声の主に言い返してやりたかった。もしも本当に神様がいるのなら、自分はこんなひどい目には遭っていないはずだ、と。 「脳には損傷が見られるけど、体の方は大丈夫よ。たとえ記憶障害の症状が出ても予備のメモリーチップを取り寄せるから安心して」  知らない女の声。辺りの雑音。耳に届く全ての音がガサついて聞こえる。体は鉛のように重く、身じろぎすることすら叶わなかった。  体が思うように動かないのは、脳みそが壊れたから? それとも壊れたのは心の方? 何も考えたくない。もう一度眠ってしまいたい。できることなら、このままずっと―― 「いやね、少しおしゃべりしすぎたわ。さあ今はゆっくり眠って。次に目が覚めた時には、元の元気なあなたに戻っているはずよ……」  耳障りな声が次第に遠くなっていく。人生で、多分これが二度目のブラックアウト。  眠って、そして本当に次に目が覚めた時には、元気だった頃の元の自分に戻っているのだろうか。 ――元の? 元の自分って、誰のこと?
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