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ショートショート 『初詣はイケメンと』
除夜の鐘がごおーんごおーんと鳴り響き出す。
家中あちこち磨き清められて、除夜の鐘が聴こえると、神聖な気持ちになってくるのは皆同じだろうか。
「ほら、三社参りいかんの?」
こたつに入ってテレビを見ていると、夜中の初詣のための防寒姿──ダウンにマスクにマフラーに手袋──の母親が呆れたように溜め息をついた。
「いやだ。寒いもん」
「冬は寒くて当たり前。お母さん、もう行かなかんもんで、あんた行くなら鍵かってってよー」
もう行かないといけないから、出るなら鍵をかけていくように。
(標準語ではこういうよねぇ。東京に出るまでは、これが方言だなんて思ってなかったなぁ)
「相田さん、行かんのー?」
「はーい。じゃあね、美咲」
誘いに来たご近所さんの声が聞こえると、母親はいそいそと出ていってしまった。
「おとーさんとじぃちゃんは消防団の集まり、ばぁちゃんは友達と三社参り。圭吾は彼女と一緒か……くっ姉を差し置いてリア充めっ…………」
ぺたりとこたつテーブルの上にほっぺたを付けると、ひんやりとして気持ちいい。
「つまんないなぁ」
「…………つまんねぇなら何で誘いを断ったんだよ」
「ほわあっ!!」
誰もいないはずなのに急に声をかけられて、美咲は本気でびっくりした。
(ほわぁ……心臓がばくばくしてる…………)
「しーちゃん、めっちゃびっくりした。口から心臓がこんにちはだよ!」
「しーちゃんヤメロ。あと言うならこんばんはじゃねーの」
「そこ?!」
仏頂面のしーちゃんこと凌が、そそくさとこたつに入ってくる。
(って寒っ!)
「しーちゃん冷たい」
体が冷えてるから、こたつの中のあったかぬくぬくな気温が冷えてしまったじゃないか!
「……冷てぇのはどっちだよ」
(……ん?)
「こっちに帰ってくるとか聞いてねーし」
(……んん?)
「てっきり東京で年越すのかと思ってたのによ」
(…………うぅん?)
「違う。しーちゃんの体が冷えてるせいでこたつの中が冷たくなったって話だよ。何でいきなり拗ねた」
こたつの温度を上げながら、凌を横目で睨む。
「そういやしーちゃん、いつの間にウチに入ってきたの?」
「おばさんが出るタイミングで」
どうりで玄関が開く音がしなかったわけだ。
「そんなことより美咲」
「呼び捨て禁止」
「お参り行こうよ」
「寒いから嫌だ」
ご近所の神社を三つ回る三社参り。三つ回るとそこそこの距離だが、わざわざ車で行くのも恥ずかしい。
地元の住民は、皆散歩がてらに歩いて回るのが習わしなのだから。
「しーちゃん、お友達と行かないの?」
「友達より好きな女と行きたい」
「イケメンがここにいる!」
帰るたびに凌に口説かれるのが、美咲が帰省を渋る理由のひとつだと、彼は分かっているのだろうか。
「美咲」
こたつに頬をつけてうだうだしている美咲の頭を、凌がそっと撫でる。
「ごめんな、俺がまだ子供で」
「しーちゃんがイケメンすぎる…………」
頭を撫でるその手は、美咲よりもまだ小さい。
「しーちゃん、お年玉あるよ」
「いらね。惚れた女からもらうとか、あり得ん」
「しーちゃんが男前すぎて辛い…………」
「もう今年で年長さんだしな。俺も大人になったよ」
(なってねーよ)
美咲は心の中でツッコミを入れた。
しーちゃん五歳。美咲の母の友人の孫。先程お参りに誘いに来たご近所さんだ。
「辛い…………」
「知ってるか? そういうときほど神社にお参りするといいんだぜ」
「…………ソウデスカ」
何だかんだ言いながら一緒にテレビを観てみかんを食べて、気がついたら横並びで二人して眠ってしまっていた。
お参りから帰ってきた母親たちに「あらー、仲良しねぇ」とからからわれ、どこで覚えてきたのか凌が「夜を共にしてしまったぜ」などと言い出し、美咲が「辛い……」と頭を抱えることになる。
結局翌朝、美咲の実家にそのまま泊まった凌と共に、三社参りに行くのだが。
「ん。危なっかしいから手ぇつないでやる」
「しーちゃんがイケメンすぎる……」
五歳児にエスコートされ、甘酒までおごってもらってしまった。
「姉ちゃん、ついに彼氏ができたって? ……ブッフォッ」
成り行きを聞いた弟に大爆笑されて憤慨した美咲が、弟の黒歴史を彼女にこっそりバラして腹いせしたりするのだった。
「……厄除け行ってこようかな…………」
そう決意したとかなかったとか。
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