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4、白の気持ち
「白井さんってさ、いつも成績良いよねー」
「ほんとそれ! 少しは勉強を教えてくれても良いのにねー」
あなたたちが聞きに来ないだけでしょ……
「相変わらず、白井は無口だなー」
「俺、声かけてみようかな……」
「やめとけって、どうせ底辺の俺たちにはかまってくれないんだからさ」
逆に声をかけてほしいよ……
私の周りでは、こんな話ばかりが飛び交う。
飛び交って、私の耳に入る。それに対して、頭の中で返事をしたりしているが、誰にも聞こえていない。
こんな話ばかり聞こえると言うことは、みんな私に対して興味があるんだろう。でも、実際に声をかけてくれる人はいない……。
いつからだろう……みんなが私に声をかけなくなったのは……やっぱり、中学生になってからかな……。
テストの成績が順位として目に見えるようになった。当然、競争心がある友達なんかは、私の順位を見ようとしてくる。
順位を見た友達は、どんどん遠ざかっていく……そして、他人になる。
毎年……そんな感じだ。
中学三年生になって、みんなは余計に成績を気にするようになった……だからかは分からないけど、女の子なんかは嫌みったらしく、悪口みたいなのを言うだけ。
話しかけてくることはない。そのせいで、休み時間はずっと一人で本を読んでいるだけだ。そんな私を見て、男子は「無口だなー」と言う。話せる相手がいないんだから、しょうがないじゃん……。
受験生になったからなのか、親は厳しくなった。
行く学校は指定されている。その学校に行けなければ、私は追い出されるんだそうだ。
追い出されたくない私は、より勉強に勤しむようになった。そのおかげか、テストの順位はいつも一位を取れるまでになっている。だけど、そのせいで親からの期待は高まるばかりだ。
それがプレッシャーとなって、私の背中に重荷が積み重なっていく……。
いつも私の頭の中で、「成績を上げろ」という言葉がぐるぐると回っている。それを紛らわせるために読書や飛び交う会話に対する返信をするけど、やっぱりぐるぐる回る。
正直、うるさい……
うるさいと思っても、この言葉は消えてくれない。
私を困らせる言葉は、帰りの会の時間でも、頭の中で響き渡る。そのせいで……帰りの会が終わったことも、みんなが帰ってしまったことにも、気がつかなかった。
教室に誰も居ないことに気がつく。
なんだか……虚しい気持ちがこみ上げてきて、誰もいない教室で泣いてしまった……。
泣き始めて五分か十分経った頃、誰かが無言で教室に入ってきた。
足音が、私の隣までやってくる。
涙を止めたかったけど……一度こみ上げてきた気持ちを、どうにも抑えることができない……。
ああ……疲れたな……。
「えっと……俺、引かないから……そのまま泣いてて良いよ……って、何言ってんだろ……」
「う、うん……」
声をかけてくるとは思わなかった……。
この声は……加藤君かな?
確か、隣の席だったような……。
加藤君は、あまり目立つような人ではない。でも、そんな人でもやっぱり友達はいる。
休み時間中は、いつも楽しそうに友達と話している。
女子の友達も何人かいて、割とフレンドリーだ。
前から話しかけようと思っていたが、なかなか勇気が出なくて、声をかけられなかった……。
まさかこのタイミングで、加藤君の方から声をかけてくるとは思わなかったけど……。
「……余計なお世話かもしれないけどさ。悩みがあるんなら、聞こうか? 話すだけでも……楽になると思うんだけど……」
「あ、あり……が……とう……ぐすん……」
ああ……心配してくれてる……。
嬉しかったけど、私は泣きすぎてうまく話すことができない。
ありがとうの言葉すらまともに言えない……まず、しばらく人と話していないから、うまく話せる方がおかしいか……。
「何でも良いから、言ってみなよ。俺は聞くだけで……何も否定はしないよ。」
何でだろう……不思議と安心感がある。
「否定はしない」という言葉のせいかな。誰でも言っていそうな台詞なのに、あまり聞いたことがない。
人に悩みを聞いてもらうことはある……でも、そのたびに「あなたが悪い」とか、「それは違うよ」とか言われる。
言われるたびにいつも思う……そんなの、分かってるよ……。
頭で分かってるんだよ……それをわざわざ言ってほしいんじゃなくて、ただ……聞いてほしいだけなのに……。
加藤君は、「聞くだけで否定しない」と言った。
これなら、話しても良いかも……
「……ありがとう、加藤君。それじゃあ……話すよ……否定はしないでね?」
「うん、聞くだけにする。」
意外と私って、まだ話せるんだな……。
「私ね、親から期待されているみたいなんだ。期待されるのはとても嬉しいよ。でもさ、その期待がとても重たくてさ……その重たいものを軽くするために勉強を頑張ってる」
重たいから、対策したつもりだったのに……
「勉強すればするほど、自信はついていく。その自信があれば、私は重いものも軽くなるんじゃないかって、思ってた。でも違ったの……親からの期待が高まっていくだけだった……。自信がつくよりも先に期待の重圧がやってくる」
そのせいで……そのせいで私は……
「……期待という名の重荷に耐えられなくなった私は、ある言葉が聞こえるようになったの……」
「……どんな言葉?」
「成績を上げろ」
「…………」
「どうしてこの言葉なのかは分からない……とにかく、この言葉が頭の中をぐるぐる回るようになったの。さっきもこの声が聞こえてきて……それで泣いてたの……」
「……そうか」
「ごめん、ここまで付き合ってもらって……もう、大丈夫! 本当にありがとう!」
私は立ち上がり、帰る準備を始めた。
加藤君は、黙ったままで自分の席に座っている。
そして、準備が終わったから帰ろうとしたとき、なぜか加藤君も立った。
「なぁ、白井」
「どうしたの? 加藤君」
「そんな格好じゃ、寒いだろ」
加藤君が、バッグの中からマフラーを取りだした。
そのマフラーを私の首に巻き始める。
「えっと……これはどういう……」
加藤君の顔が近い……恥ずかしい……。
「俺は白井の話を聞くだけで、白井の悩みを今すぐに解消することはできない。だけど、こうやって温めることはできる」
「えっと……うん」
「もしも、白井の心が晴れたら……このマフラーを返してくれないか」
なんか、さらりと……かっこいいことを言われてしまった?
「いつでも悩みなら聞くよ! それと……くんはつけなくてもいいぞ? 俺は帰る……じゃあな!」
加藤君は、さっさと帰ってしまった。
心が晴れたらって……そしたら、いつ返せば良いんだろう……。
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