肉体がなかった頃

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「たとえばこの、最初のコメント。本投稿は子どもは親を選んで生まれてきたって話だったの。胸糞悪いんだよね、私にとっては。子供の存在を子供自身のせいにしてるじゃん。たくさんの子供が親や親の恋人に殺されてるのにさ。子供が自分の意思でそんな屑のとこに来たって話、むかつくんだよね」 「なるほどね」 「その次も同じような内容なんだけどさ。子供は親を選んで生まれてくるって言うなら、子どもが欲しくてもできない人は、子どもに選ばれなかったってことでしょ。虐待親以下ってことになるじゃん」 「なるほど」 「次の、余裕がないとき叩いてしまう、みたいな内容の投稿。これに結構賛同するコメントがついててさ。そうやって叩いちゃっても仕方ないよねって言う話にするのはよくないと思わない?歯止め利かなくならない?」 「なるほどなるほど」 「それから上の子かわいくない症候群。ひどくない?じゃあ下の子とか産むなよと思うわ。上の子だって好きで弟妹ができたわけじゃないんだからさ。こんんなの認めちゃダメでしょうよ」 「なるほど」 「最後の下の子は適当になっちゃうって投稿。上の子の落とした食べ物拾って食べてたり、話しかける回数が上の子と差があったり。これもさっきと一緒。なんで下作るの?おかしいじゃん」 「なるほどねえ」 「空野さん、なるほどしか言ってないよ」 ばれていた。三井さんは口を尖らせる。 「でもなんで三井さんはそんなにこだわるの?」 「だから。ひどい話だからだよ」 「それなら一つのアカウントで正面から批判するコメント残せばいいのに、どうしていろんなアカウントから明るい調子でコメント残すの?」 「正面から批判するよりも肯定して救われたふりしてダークサイドに落ちてるコメントの方が効くかなと思って。で、そのためには説得力が必要だから。被虐待児だったり、妊娠したくて悩んでいる人だったり、子どもに手をあげてる母親だったり、二番目を生んで上に冷たく接してる母親だったり、親にないがしろにされてきた二番目の娘だったり。いろんな立場の人間になりきる必要があるんだよね」 「なるほどね」 三井さんは投稿した人間にダメージを与えたいと思って複数の人間になりきってコメントを遺しているわけだ。 「私はそういう投稿、見なかったことにしちゃうけどな。やっぱりこだわるってことはなにかひっかかるんだろうね」 「なんでだろうね。うち、家庭環境はめちゃくちゃ普通なんだけどねえ」 三井さんはため息をついて遠くを見つめた。冬の海は暗くうねっている。私たちはしばらく黙っていた。 「……まあ、こんなことするって結構やばいよなあってわかってはいるんだよね」 やがて、紙を握っている私の手が冷え切るころ、三井さんは口を開いた。 「だから、友達に聞いてこいって言われて本当の友達は選べなかったんだよね。ごめんね」 「まあそうだろうね」 三井さんと仲の良かった子たちも親になっているし、どういう反応が返ってくるかだいたい予想がつく。目を丸くして、なんでこんなことを、ひどい、子どもを育てたことがないから言えるんだ……そんな風にせめるだろうな。 「私さあ、胎内記憶があるんだよね……」 「えっ」 「信じなくてもいいけど。私はね、なにもないところをふわふわ飛んでたの。風だったし光だったのよ。重たくてすぐ壊れる肉体も持ってなかった。だけどあるとき呼ばれたんだよね。えって振り返ったらさすごく狭いとこに移動してて……生まれたとき、元の場所に帰してって泣いた」 「なるほど」 「信じなくてもいいよ」 「いや、信じるよ。そういうこともあるんだろうね」 「本当に信じてる?まあいいけど。たぶん、その胎内記憶のせいで私は身勝手な親が嫌いなんだよね。自分で呼んだくせにって思う。痛かったり苦しかったり、そんな思いをさせるのをわかっていて呼んだくせになんでって、思っちゃうんだ」 「ほかの胎内記憶を話す人たちからしたら、親が呼んだくらいで赤ちゃんはいかない、だから赤ちゃんが選んだんだってことみたいだね。親が呼び寄せるなんて考え方は傲慢だよねって」 「傲慢でしょうよ」 三井さんは強い口調で吐き捨てた。それから腕時計を見る。 「もう一時間経ったね」 「そう?」 「で、客観的に見てどう思った?私のやってること」
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