目が覚めたら

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目が覚めたら

 目覚ましの音が鳴り、クミコは目を覚ました。  時刻は午前六時。冬のこの季節は日の出が遅い。夏ならばクミコより早起きな太陽も、最近はクミコに十分ほど遅れを取っている。思い切って布団から出ると、冬の冷え込みが容赦なく襲ってくる。都会の冷え込みは田舎のそれとは種類がちがう。 「おお、寒い寒い」  ひとりで縮こまりながら、リビングを目指す。一刻も早く暖房のスイッチを入れ、部屋を暖めなければならない。 「うう、寒い」  クミコが暖房を始動したところで、夫のヨシオがリビングに現れた。クミコのとなりで一緒に寝ている夫だが、なぜかいつも起きてくるのは十分くらい遅い。夫と同時に太陽も目覚めたようで、窓から見える住宅地が目に見えて明るくなる。  ヨシオは起きるなりテレビをつけて、リビングでごろごろし始めた。出勤の時間が迫っているのにのんきなものだ。クミコはいつもどおり顔を洗い、洗濯機を回し、朝食の準備にかかる。冬ということもあり、水が冷たい。温水もでる蛇口なのだが、出だしの冷たさはこの季節特有のものがある。  朝食の準備が終わると、すっかり部屋は暖かくなっていた。香ばしいベーコンの匂いがただよう。ヨシオもひととおりニュースを見終わったようで、のそのそと食卓についていた。  クミコはというと、食事の前に洗濯物を干しにかかっている。この家を買うのと同時に買った洗濯機は最新のもので、さすがに性能がいい。家のローンはあと十何年も残っているが、それはヨシオがなんとかしてくれるだろう。 「あら、もう出ていくの」  クミコが洗濯物を干し終わって、リビングに戻ってくると、スーツ姿のヨシオがいた。夫はいったんエンジンがかかると支度が早い。いつの間にか食事をすませ、スーツに着替え、ひげも剃っている。 「ああ、行ってくるよ」 「今日は遅くなるの」 「ううん? わからない」 「あっそ」  いつもどおりの会話をこなし、ヨシオは会社へ向かっていった。 「ああ、さむっ」  夫と入れ替わりに、息子のダイキが二階から降りてきた。 「おはよう」 「ああ」  ダイキは最低限の言葉だけ発して、すぐに朝食を食べ始める。ダイキが起きてから家を出るまでの時間は、夫のそれよりも短い。 「いただきます」  結局、この朝も最後に食事をとるのはクミコだった。クミコが食べている最中に、息子のダイキは朝食を食べ終わり、制服に着替えていた。二階からカバンを持って来て、いってきますも言わずに玄関から出ていく。 「いってらっしゃい」  クミコが無人の玄関に向かって声をかける。夫のつけたテレビが天気予報を流していた。  夫と息子を送り出し、自身の朝食をすませたら、掃除機をかける。それがすんだら、食材を確保するためスーパーへ行く。  クミコが、スーパーから買い物袋をぶら下げて帰ってくると、昼食の時間だ。自分だけなので、適当なものでいい。  午後はとくに用事もないので、テレビを眺めたり、うとうと昼寝をしたりする。近所のママ友達と延々とだべったりもする。そんなふうに時間をつぶしていると、あっという間に息子の帰宅時間だ。 「おかえり」 「うん」 「宿題ちゃんとやってるの?」 「うん、やってない」  ぎこちない会話をした息子は、二階の部屋へ消えていった。年ごろの子を持つ親子の会話なんて、こんなものだろう。クミコは夕食の支度にとりかかる。  手際よく夕食を作り、いざ食べようとしたところで、夫のヨシオが帰宅した。 「あら、早いじゃない」 「うん、これから飲み会」 「これから?」 「そう」  ヨシオはいったん家に帰ってから、飲み会に行くことがしばしばあった。それは会社の飲み会ではなく、地元の友だちと飲み会を開くからだ。夫いわく、会社の飲み会とは別物で、たいへんリラックスできるらしい。 「あなたの分の夕食どうするの?」 「明日にでも回しといて」 「うん」  夫に用意された食事は、夫が始末する決まりになっている。今日の夕食は、明日の朝食と夕食になるだろう。 「じゃあ」  夫は私服に着替えて出ていった。クミコは食事を食べ終え、テレビを見始めた。おなじみのバラエティ番組が流れる。クミコがテレビに熱中しているあいだに、息子のダイキが二階から降りてきて、食事と風呂をすませた。そうしたら、また二階へ上がっていった。  息子がいなくなったあと、クミコは洗い物をし、自分もお風呂に入った。  お風呂から上がると、もう寝る時間が迫っている。炊飯器の予約をする。食器を片付ける。今日のうちにやっておけることはやっておくのだ。ひととおりのことをこなしたら、寝床につく。  夫がまだ帰ってこないが、勝手に帰ってきて、そして寝るだろう。夫にはクミコが寝た後のことは、自分でやるようしつけてある。 「おやすみなさい」  平凡な一日が終わった。
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