1話

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1話

あれは、一昨年の春頃。 花が咲き出す綺麗な時期で、小鳥達が美しい歌声で人々を魅了する。 晴れ日和で、暖かい。 家族や恋人達が、冬の余韻を残しながら 愛を迎える。 新たな出会いもある。 そんな新たな季節が訪れた頃。 神崎幸香は、まさに絶望の淵に落ちていた。 そう、絶望という悲しみに。 「る、涙花病?」 外とは正反対で、暗い診察室で告げられた言葉は まだまだ幼い彼女にとって重く、悲しい言葉だった。 「進行すれば、幸香さんは花となって消えてしまうでしょう。」 幸香は、泣き崩れる母を横目に 悲しみによって目から溢れ出した 花びらを受け止める。 激しい痛みに耐えながら、花を出し切るのは 彼女にとってとても残酷な事だった。 最後に流れ出たのは、白色の花びら。 「幸香さん。痛いかもしれないけど、 花弁をこの箱に入れて」 医師は色彩鮮やかな花びらを箱に入れる。 パラパラと小さな音を聞かせ舞う。 幸香は、頭を抱えた母の背中を撫でることしか出来ない。 大切に育ててくれたのに、 最終的には迷惑しかかけられない、と 幸香は辛かった。 「先生、娘が治る、方法はないんですか!!」 母が、声を張る。嗚咽も交えて 医師は極めて冷静にメガネを押し上げ 言葉を放つ。 「薬はありますが、副作用として.... 今まで関わってきた全ての人の思い出を忘れて しまいます。 私はあまり勧めはしません」 「そ、そんな....」 「人間にとって感情は大切。 しかし幸香さんの命のことを考えると 薬は服用せず、 あまり、涙花を流さない方がいいかと。」 「それが....私が1番長生きできる方法?」 医師は静かに頷く。 幸香は、母を見て微笑んだ。 「私は、皆との思い出を忘れてしまうのなら 感情を捨てて生きた方がマシだと思います。 お母さんにも迷惑をかけたくない。 だから.... 母の為にも、自分の為にも薬を使わないで生き ていこうと思います。」 母は、その言葉を聞いて涙でいっぱいだった。 「君は、良い判断をした。 我々も最善策を尽くす。」 幸香は、目が腫れた母を連れ 診察室から出ていった。 「涙花病ね.... 星涙病から、涙花病までおかしな病もあるものだ」
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