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「いっ……た!」
男は思わず頭を押さえた。苦し気に吐いた息が白く染まる。アルコールのせいで力が入らない身体はそのまましゃがみ込んで、手をあてた後頭部はじんじんと痛みを訴えた。
金曜の夜、バイト終わり。大学生の男は数人の友人とアパートで飲んで、いつの間にか全員で寝ていた。夜中に目を覚ました男はどことなく胸やけがして、酔いざましがてらお茶でも買ってこようと歩いて数分、こんな不運に見舞われるとは思ってもみなかった。
第二弾が来てはたまらないと見上げた空には何もない。電線が数本、その上には底の抜けたような暗闇が広がるだけ。
男は不思議に思って辺りを見回すと、側溝の上に何かが転がっていた。関節を持った蛇のようにも見えるそれに、男は恐る恐る手を伸ばす。ひんやりとした温度は心臓がない無機物の冷たさ。男が持ち上げると、それは短い何かで繋がれた立体的な文字だった。
「……なんだこれ」
薄暗くても分かる鈍い灰色。林檎よりはひとまわり小さい、蜜柑よりはひとまわり大きい。立体的なひらがなと漢字が数珠つなぎになっている。
千羽鶴を思い出しながら目の前にぶら下げて、男は首を傾げた。逆か。反対の端を持ってもう一度ぶら下げる。
「『ずっと好きでした 付き合ってください』」
読み上げた声は風に流されてすぐに消える。
「……普通」
何が普通なのかと聞かれたら男も答えられなかっただろうか、有り体に言えばよくある告白の言葉で、例文集でもあれば冒頭に載っていそうなもの。
なんだよ、と男のため息が地面に落ちる。いたずらか本気か何かの作品か、誰かが作って捨てたのだろう。
放り投げられた言葉がからんと鳴る。男はもう目もくれず、終わった出来事に背を向けた。
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