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 ネットやテレビで流れるいくつかの証言を信じるならば、どうやら一晩で日本中を埋め尽くした言葉は空から降ってきたそうだった。(既に夜が明けた国でも同じ出来事が起こっていて、これから夜を迎える国でも同じ現象が起こるのではというのが大方の予想だった。)一文字一文字はこぶしにも満たない大きさで、それらが繋がってごめんとかありがとうとか簡単なものから、何かの文章めいた長いものまで。言語はたいてい降ってくるその国の母国語。  軽く持ち上げられるのに風に吹かれて飛んでいくことはない。更に踏みつけたくらいでは壊れず、車やひかれれば潰れることもあるという頑丈さを持っているそうだった。  何とか物質に何ちゃら光線、予言に宇宙人からのメッセージに世界規模のいたずら。科学、宗教、オカルト、SF、ファンタジー。みんなが好き勝手に好き勝手なことを言ったが原因も理由も一切不明。しかしどれだけ騒ごうと時間が止まるわけではない。  父親も母親も仕事に出かけて、高校からもお達しはない。仕方なく準備をしていつもより早く玄関を開けると、変わっていなさそうで変わっている、朝の町が広がっていた。  頬に風が当たる、息が白い。同じ静けさと同じざわめきをたたえた光景。大人たちは足元で言葉を蹴散らしながら、まるで何ごともない顔で歩いている。多くの人が非日常への憧れを思うのに、こうなってみれば見て見ぬふりで日常に徹している。  おかしいよな。俺もその一員になっているのにどこか釈然としない。つま先で言葉をつついてみたが何も起こらなかった。  これまでになく混雑する駅で動いていない電車には乗れず、臨時バスに詰め込まれて高校についたのはいつもより遅い時間。校門に立って教室へと促す先生に従って、制服の波に流される。
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