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「もう帰んの? 塾だっけ」 「そうそう」 「俺も。じゃあな、佐野」 「うん、じゃあ」  結局夕方になっても何ひとつ解決しなかった。島崎と林を見送って窓から眺めた校庭は、朝と全く変わっていない。  いつもよりどんよりと見えるのは生徒がいないからだけではないだろう。灰色は泣き出す寸前の曇天に似ていた。せめてあれがカラフルだったら違っただろうに、どうしてまた灰色なのだろう。  あれ。  灰色の中に光がある。校庭の隅っこ、校舎の近くの花壇の端。古い街灯のようなぼんやりとした橙が光っている。思わず同じように窓から顔を出している同級生や下級生を見たが、誰も気づいている様子はなかった。  駆け出しそうになる足をいさめて、鞄に荷物を詰めて上着を羽織る。 「お疲れー」 「おお」 「バイバイ」  残っていた数人に声をかけて教室から抜け出す。人のまばらな階段を急いで下りて、スリッパのまま廊下の端のドアから外に出た。  行き先はばっちり、花壇の横。 「……光ってる、よな」  そっと近づくと、光っていたのは言葉だった。声に出してみたが、光は消えない代わりに返事もしない。一部を花壇に乗り上げるようにして、おそらく数珠つなぎになった一連の言葉たちが色と光を持っている。  ──冷たい。  手に取るとひやりとして、次に重みが伝わってきた。意外にも長かったそれは、逆のU字になってぶらぶらと揺れた。火をとろけさせたような柔らかい暖色。冷たさがいやに手に染みる。視覚と触覚が反発して、頭は情報を処理できずにフリーズした。  言葉の一端がずるりと下がる。  慌てて掴み直すと、ちょうど文章の頭を持っていた。 「『ちゃんと考えろよ 自分のことだろ』」  全貌を読み上げたと同時に、すうっと景色が遠ざかった。
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