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磨かれた板。テープが張られたコート。隅には茶色のボールが詰まった青い柵の籠。颯太はモップの柄の先に両手を、その上に顎を乗せて体重を預けるような格好をしていた。
着ているのは俺と同じTシャツ。違うのはいつの間にか見慣れてしまった颯太のスウェット。初めは違和感があったはずのそれを風景の一として捉えるようになったのはいつだったか。
「何でもいい」
吐き捨てるでも皮肉でもない。葛藤も諦めも通り越した言葉通りの何もない声。後にも先にも、隣にあった横顔があれほど他人に見えたことはなかった。
高校二年生の冬に起こってしまった二回目の大怪我は、人生で見たら思い出にできるほどのもの。しかし三年間の部活が分母にあった俺たちには──颯太には分かりやすく、あまりに大きなブランクだった。リハビリをしたら日常生活には支障がなくなる。ただしバスケが思うように、以前と同じようにできるかどうかは分からない。
三年生になって夏が近づき、試合に負けたら引退。その時期になっても、颯太は練習試合にすら参加できなかった。それでも腐ることなく、マネージメントに動いて、声も出して喋って笑って。それは颯太の意思があってこそだと思っていた。
けれど違った。それは俺の願望を背負った思い違いだった。
颯太は日常をこなしているだけだったのだ。自分のことを話さなくなって、目の奥に感情が見えなくなっていた。先を見据えて今まで敷いていたレールの上を、ためていたエネルギーの残りカスで走る列車。それにただ身体を乗せているだけなのだと、その時になってはたと気づいた。
だから聞いてしまった。この先どうするのかと。
他に誰もいない体育館は静かで、夕方に薄闇が入り込んだ光は暗い。沈黙がたっぷり落ちきってから、颯太は言った。
何でもいい、と。
その横顔の遠さに、建てられた透明な壁の分厚さに愕然とした。
ちゃんと考えろよ! 自分のことだろ
颯太の腕を引く。手を離れたモップが床で跳ねて音を立てる。振り向いた両の目と視線が合って──
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