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は、と漏れた息で我に返った。視界に広がる灰色が映って、手の中の橙が今を主張する。
何でこんな。
颯太の視線の奥が思い出せないのは、そんな過去がないからだ。あのあと繰り返し思ったのはそう言いたかった過去。言っていたらという妄想。
実際は何もできなかった。愕然として、たぶん相づちを打って、そのまま片づけをしたと思う。適当に話をしたと思う。視線は合わなかった。
俺は颯太に言えなかったのだ。
俺たちの時間はこれからもっと長くて、今はこれからに続く今でもある。考えることすらも諦めたような颯太に、自分のために動いてほしかった。
颯太がどれだけ悔しいか、やるせないか、腹立たしいか、どんな気持ちでいたかなんて俺には分からない。分かっていたのは、あの時の状態が颯太にとって苦しいということだけ。それでも、そうだとしても颯太の喪失の時間をこれ以上増やしてはいけないと思った。
けれど言えなかった。そんなことを言う資格はないとか、颯太を追い詰めてはいけないとか、言い訳は山ほど考えられたし思いついた。でもそんな大層なことはなく、怖気づいただけなのだ。
踏み込むのが怖かった。ただそれだけ。
言わなくても良かった。言わない方が良かったのかもしれない。そう思った。思おうとして、思いたくて、記憶の引き出しの奥の奥、詰め込んで別のもので覆って閉めっぱなしにした。
それが今、文字通り形を成して俺の手の中にある。
──ああ、だから。
今朝の島崎を思い出した。これが他と違って見えるのは、たぶん俺だからなのだ。俺の言葉だからだ。朝から誰にも見つからなかったのではなく、俺にしか見つけられなかった。島崎が手に取ったのは、たぶん島崎の言葉だった。
これは、この全部は、誰かが言えなかった言葉の残骸だ。
「、」
目の前の灰色が圧を持って迫ってくる。呼吸が詰まって、思わず校庭から目をそらした。
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