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悪い思い出ばかりとは限らない。もしかしたら俺が見つけたのが偶然言えなかった言葉だっただけで、他の人にとっては違う言葉なのかもしれない。
でもたぶん、そうなんだろう。何となくこの予想は当たっているという予感があった。もう日本中で──世界中で、こうやって自分の言葉に出会っている人がいるはずだ。それが今まで話題にあがっていないのは、その人たちが島崎のように口をつぐむからだ。
嫌だよな。
だってこれを誰かが見ているかもしれない。大なり小なり後ろめたさがある過去を前に、あれは自分のものだと指をさすようなものだ。誰かに、あの人に、颯太に──近しい人にも見知らぬ人にも、自分の心の一部分を知られてしまう。そうでなくとも自分の心に留めてしまったものがどこかに転がっているなんて、嬉しく思う人は少ないだろう。
風が吹いて、手にした言葉が揺れる。
どうしよう。俺はこれをどうする。捨てる、見なかったことにする。なかったことにして忘れてしまえばいい。
だめだ。
走り出した思考にストップをかけた。息を吸って、吐いて、頭の空気を入れ替える。
ちゃんと考えろ。これは俺のものだ。
颯太とはあれから普通に話している。引退してからは廊下ですれ違う程度だが、それでも部活が終わった分だけ颯太の精神的な負担は減ったのかもしれない。先月会った時は少し変わっているような気がして、俺は勝手にほっとしていた。
でももう一回、面と向かい合うことはできるだろか。颯太が大丈夫なのか、もし以前のままだったら俺は後悔する。一度目のチャンスは逃して、二度目のチャンスを自ら見送ってしまったと。
言葉を鞄に入れて、俺は出てきたドアから校舎に戻った。颯太は放課後クラスにいることが多い。帰ると一息ついてしまうから、集中できるうちに学校で勉強するのだと言っていた。
会えるかも言えるかも分からないが、これをもう一度捨ててはいけないと思った。
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