I have a dream

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 「先生が学生の頃は何にも考えてない世論に流されるような学生として過ごしていたんだよ。福田と同じ年の頃も進路なんて何も考えていなかったよ。ただ、先生が学生の頃はまだ学生運動があって生徒が活発に討論するような時代でな。あれは正しいだとか、あれは間違っているだとか、世間に対しても不満が溢れてたんだよ。クラーク博士の『Boys be ambitious』、少年よ大志を抱け、なんてそこら中で使われてたよ。先生も使ったな。「座右の銘はなんだ?」って聞かれたらいの一番にそれを答えてたよ。あの頃は若かったな。」  老人特有の昔話に飽き飽きとして、聞き手としての集中力を欠いていた。長話を想定して僕はまた視線を落として話を聞き流そうとした瞬間、先生からの突然の質問が飛んできた。  「福田はキング牧師は教わったか?今くらいに英語の授業で習ってるんじゃないか?」  「『I have a dream』ですか?たしか、黒人の人種差別を訴えた演説をした人ですよね?」  僕は授業で習ったあいまいな知識を確認するように先生に解答を返した。  「そう。『I have a dream』、私には夢がある、だ。先生も学生の頃にキング牧師の演説を知ってな。この言葉が不思議とスッと入るように身に染みたんだ。周りに流されて、格好とつけるために使ってた『Boys be ambitious』とは違って、実感したんだな。先生には夢がない、って。夢を持ち、願いを叶えるために生きるキング牧師と何にも考えずに流される自分を比べてしまったんだ。そしたら、世界が変わって見えたよ。生き生きと過ごす周りの学生が夢を持って輝く革命家に見えた。自分に落胆したよ、夢も何も無い学生が『Boys be ambitious』なんて言ってたんだから。先生は自分に落胆しつつも、気が付いたら教師になって学生に教鞭をとってた。」  先生はそこで一度、話を区切った。僕は初めて見る先生の顔に、初めて知る先生の雰囲気にふと飲み込まれるように話を聞きいっていた。
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