見知らぬ土地

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 ふと気がつくと、足元に何か落ちていた。日本刀のような形をしているが、その全てが黒い金属でできている。頭の中に夢の中で妻らしき人物が言っていた言葉がなぜか思い出された。  とても大切なものだから無くさないでね?  それを拾うためにその場にしゃがみ込み、柄の部分に指を触れた。その瞬間、全身の毛が逆立つのを感じた。驚いて手を引っ込め、よく観察してみる。  全体的にのっぺりとした印象を受けたが、それはとりあえず刀の形を型どったような飾り気の無さから来ていることに気がついた。柄の端にかろうじて不恰好な鬼の顔が彫られている程度で、あとは装飾らしい装飾は見あたらない。まさに鋳型に溶かした金属を流し込んで作ったかのような作りである。  刀身は打刀ほどの大きさで、一般的な日本刀がそうであるようにわずかに湾曲している。さらに、刃の部分が丸くなっていて表面がザラザラしている。これでは紙の一枚でも満足には切れないだろう。  もう一度、ゆっくりと触ってみた。  やはり全身の毛が逆立つような感覚があったが、覚悟して触った分驚かずにすんだ。  今度は柄を右手でしっかり握って持ち上げてみる。驚いたことに、刀のようなものは全くと言っていいほど重さがなく、自分の腕を持ち上げるかのように片手で軽く持ち上がった。  再度刀身をじっくりと眺める。すると、全身の毛が逆立つような感覚が次第に落ち着いてきた。代わりに、全身から直線に伸びた毛がいろんなものに当たるような違和感を感じる。  周囲の情報が一気に脳に注ぎ込まれ、一瞬吐き気を催した。視界がうるさく感じたので目を閉じると、幾分か気持ちが落ち着いたが、目を閉じていても周囲の情報が頭の中に入ってくる。頭の中で大きすぎる音がなるような不快感を感じるのを、刀を持ち上げたまま片膝をつき、顔をしかめて耐える。  空気の流れ、その流れに揺れる木の枝、地べたで這う虫の数、動く様子まで、全てが手で触っているかのようにわかる。しかし、それらの情報は人間の脳が処理できる量を大きく超えていた。刀から手を離そうかとも考えたが、本能的にこの新しい感覚器官を御しきれるとわかる気がして思いとどまった。  決壊したダムから吹き出る水のような勢いで流れ込んできていた情報も、感覚を絞ることでようやく吐き気を催さない程度になった。
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