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妻の安否が知れず、いてもたってもいられなかった。寝床から着の身着のままで連れ出されて、スマートフォンも財布もない。運良く見つけた人たちには不審者扱いを受け拘留される始末。あまりの理不尽に私は非紳士的な対応も辞さないと決意した。
「私はこれからどうなるのでしょうか。」まずは現状確認をすべきと踏んだ。
「今速水殿が屋敷へ報告へ向かっている。その後の指示にもよるが、十中八九屋敷に連行されて尋問と相成るだろう。棟梁の前で本当のことを話さなければ死罪は免れんだろうな。」試すような目で見ながら男は言った。
私は絶望し、うつむくふりをして思案した。おそらく私を拘留した二人は何かの見張りだ。そして一人は報告に行き、帰ってくるまでは私を見張るのは目の前の男一人のみ。
このまま黙って屋敷とやらに連れて行かれれば自由がないのは確かだ。こうしている間にも妻はどこかで助けを待っているかも知れない。逃げる算段をつけ、実行に移した。
「すみません。トイレに行っても良いでしょうか。実は先ほどから我慢していて・・・」私は内股に力を入れるようにしながら男に嘘の尿意を訴えた。
「といれ、だと?・・・厠のことか?仕方ない。ここでされても困る。ついていくから立て。」男は刀を持ち、立ち上がった。
そして外へ出るために土間へ降りようと足を出した。その瞬間、私はありったけの力を込めて男の腹へ頭から突っ込んだ。後ろへ転倒させるだけのつもりだったが、男の体は足が地から離れ、囲炉裏へ尻から突っ込んだ。
いささかやりすぎたかと一瞬戸惑ったが、男が腹への衝撃で悶えている間に男の脇に置いてあった自分の刀を回収して戸から逃げた。少し遅れて男も刀を抜いて怒鳴りながら追ってくる。
私は無我夢中で逃げた。裸足だったので、最初足を怪我しないように気をつけて歩いていたが、逃走となるとそうはいかない。尖った木の枝や石で足の裏が傷ついたのか痛みを感じる。
足は私の方が早いように思えたが、それでも男は山道に慣れていると見え、なかなか振り切れない。普段全力で走る事があまりないため息が上がる。
ようやく声が遠くなってきた。ずっと全力で走っているので頭に酸素が回らなくなってくる。
あともう少し、そう思ったところで足が滑り、体勢を崩してしまった。
「しまっ!」思わず言葉にならない叫びを口にする。
両手が縛られたままのこともあり、私はそのまま急斜面を転げ落ちてしまった。木や岩に体がぶつかるたびに衝撃が全身に響く。勢いに満足に抗うこともできず、景色が激しく回る中、一際大きな衝撃で私の意識は遠くなっていった。
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