ギリッギリッ!

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ギリッギリッ!

 部長は、みんなから嫌われている。  言うことが、いちいち、細かいッ!   まぁ~、ほんとに、細かいったらありゃしない。  いや、子供か!  この前なんて、お説教があまりにも長すぎて、もう、トイレに行きたくて行きたくて、たまらなかった。もう、終わるだろう終わるだろうと、辛抱(しんぼう)し続けたが、「もう、ダメだ~ッ!」って、もう~限界ギリギリのところまで来ちゃったので、 「すいませんッ! 部長ッ! お手洗い行かせて頂きますッ!」  と、ダッシュでトイレに()()したときのこと。部長は、私の背中に向かって、 「『お手洗い』に行くんだから、お手だけ洗うんだぞーッ! ウンコとかオシッコとか、するんじゃねーぞッ!」  ……だって! もう~、パワハラ、パワハラ、クワバラ、クワバラ!  バレンタインが近づいて来たときなんて、朝礼で、 「ワシは、本命チョコしかいらんから、義理チョコはいらんぞッ!」  ……だって!   心配しなくっても、義理チョコすらすらスラローム! あげるなんて、だ~~~れも、な~~~んにも、ひとっっっことも言っていない!  まぁ、でも、部下のこっちが大人になって、言い方が不器用な部長なりの言い方で、「義理チョコとか、余計なお金は(つか)わんでいいぞ!」、ということなのだろう。  ウフフ……♪  そう思うと、私は、少しイジッてやりたくなり、朝礼という大舞台で手を挙げて、みんなの前で、部長に問い掛けてやった。 「部長!」 「何だね?」 「……ってことは~、部長は~、奥様からの本命チョコだけで充分だってことですね♪ もう~、部長ったら、奥様とラブラブなんですね♪」 「ヒューヒュー♪ 何気に部長のオノロケですか? ヒューヒュー♪」  私の反撃に、みんなも同調し、ここぞとばかりに、照れ屋でもある部長を赤面させてやった。すると、 「いや~、それがさ~……」  と、部長が言葉を(にご)し始めた。 「何ですか? 部長! もう~、オノロケついでに、全部吐いちゃって下さいよ~♪」 「ヒューヒュー♪」 「楽になりますよ~♪」 「ヒューヒュー♪」  私が畳み掛けると、みんなも悪ノリして、日頃のウップンを畳み掛けてやった。 「いや~、その~……、何だな~……、アハハ……。昨年のバレンタインのときにさ~、妻から、『このチョコレート、あなた! 本命チョコじゃありませんから! 義理チョコですから! いろんな意味で、あなた、ギリギリですからッッッ!!!』って、力強く言われちゃってね~……、アハハ……」 「あ、そうなんですね~! 部長ッ! お悔やみ申し上げます~。でも、部長!」 「んっ?!」 「元気出して下さい! 奥様だけじゃないですよ!」 「んっ?!」 「世・の・中・は!」 「えっ?!」 「ここにいるじゃないですか、私・た・ち・が!」 「き、君たち~♪」  どうやら、部長は、私たち部下たちの、美しき上司愛にでも気づいたかのような、期待が満々に(あふ)れる表情を浮かべ、少女マンガのごとく瞳を輝かせたので、気づかせてあげることにした。 「奥様だけじゃないですよ~ッ♪ 私たちも、部長に対して、いろんな意味で、ギリのギリギリ、ギリッギリッ! ですからッ!」 「え、え~っ?!」 「だ~か~ら~! 私たちも、部長に対しては~、ギリッギリッ! なんですよ♪」  ウフフ……、言えたッ!  ずっと……、ずっと、ず~~~っと、言えなかった言葉を、遂に、このクソオヤジに言ってやった!  拍手喝采(はくしゅかっさい)()()こった!  世の中は、義理と人情なんて言うけれど、この部長と私たち部下の関係は、もはや、義理と人情ではなく、堪忍袋(かんにんぶくろ)()が切れる寸前ギリッギリッ! ギリのギリギリ、ギリッギリッ! で、成り立っていたのだッ!  でも、奥さんから、土俵際ギリギリの、義理チョコかぁ~……。ん~……、ちと、かわいそうな気もするかな~。  でも、細かい部長が自分で()いた種だから仕方ないか?!  でも、昔に(さかのぼ)って、奥さんがこのオッサンとの結婚をOKした、ギリギリのラインを、ちょっと聴いてみたい気もするな~♪  今の世の中は、みんな、「義理じゃなく、ギリのギリギリ、ギリッギリッ!」、……なんですね~……。
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