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「萌、あかん、座りイヤ寝ろ。血がぁーおぉー」
萌は嬉しさで起き上がって空に抱きついていた。点滴の管が透明から赤へ
逆流している。
「アホ萌、静かに落ち着きぃや」
「うんうんうん、私、生きてたんやね」
「もぉー手ぇ手ぇ、アホかまっすぐにしぃーな。ほんまにはよ寝ろ」
空は言葉とは裏腹なあたたかい眼差しで、萌を寝かせて真っ白いカバーの布団を首までこっぽりかけた。
「ありがとう。空」
空の目が真っ赤で真っ黒い喪服姿を見て、一晩中ついててくれたとすぐにわかった。
「私はなんもしてへんで。翼がな気がついたんや。萌は死んでへんって」
「つばさが、あっつばさ」
「僕も萌のそばにいる。って頑張ってたけど、寝てしもうたから、お母さんが連れて帰ったわ」
「つばさがなぁ。なんでわかったんやろ」
「それがな」
空が言いかけた時、看護師と医師が病室に入って来た。
「全身打撲。後頭部打撲でしたが検査結果も異常なかったです」
医師は萌の意識が回復して、容態が安定していることを告げた。
「あのぉ、私は一度死んだんですか」
「それは、階段から転落事故です」
医師は事務的な口調で簡潔に答えた。
「生き返ったのは、私が言うとダメですがね。奇跡としか言えません」
萌は記憶のパズルの最後のピースが見つからない。もどかしさで首元の布団をギュッと掴んでいた。
「私は事故で死んだんだ……なら何故」
棺桶の中でもがき苦しんだ状況を思い出していた。
「救急隊員が言ってましたよ。人工呼吸があと30秒遅かったら、亡くなってました。奇跡が二度起きたんですね」
医師と看護師は最後はにこやかな笑みで病室を出て行った。
「空でしょ。人口呼吸……」
「えっ。ちゃうで誰やったかなー」
空は照れてはぐらかした。
「ありがとう」
萌は改めた口調で、寝たまま少し頭を下げた。
「だからぁー」
「あっ、口」
萌は口が開かないように、接着剤のようなものでくっつけられていたことを思い出して唇を指で触った。
「治ってた」
「今さらかぁ、ずっと喋ってたやん、先生が綺麗にとってくれたで」
「……鼻にしてくれたんやね、ありがとう」
萌は天井というか、宙を見つめてぼんやりしている。少しだけまぶたを閉じた。空はベットの横に座って点滴を見ながら、その時を待っていた。点滴が20回落ちた時、萌は重い口を開いた。
「私、殺されたんやな」
空はついにきた。と覚悟したように唇が一文字になっていた。
萌はしっかりとした表情で空を見つめた。
「そうや。階段から落ちた事故死とちゃう。殺されたんや」
「棺桶の中で動けへんかった」
空は萌の手が透明のテグスで結ばれていた姿を思い出し、苦々しく頷いた。
「息ができひんかったわ。死ぬと思ったから火葬場でお別れの時、生きてたって誰かに殺されたってわからせようと、変顔してたんや」
「ええっ、いつもと同じやったで、めちゃくちゃ、ブサイクやったわ」
「コラァブサイク言うなぁー。アホお、元がええやろ、そやから死ぬ気で、もう必死で、無理やり変な顔してたんやから」
二人は笑い出した。不謹慎だと思いながら、しょうもないことを言い合える時間が戻ってきた嬉しさが優っていた。
トントン
ドアのノック音が催眠術師の合図のように二人から笑顔と無邪気な空気が一瞬で消えた。
「はい」
空がドアを開けると、長身でガタイが良い男性と、キリッとした目鼻立ちが隙を与えない雰囲気の女性が立っていた。
「京都府警の青山 徹です」
「京都府警の染谷 翔子です」
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