白い世界に咲いた花

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 私は何度も同じ夢を見た。  その夢は、いつも夢の中で目を覚ますところから始まる。  真っ白な夢だった。  なにも無くだだっ広い空間に、ただ一人私だけがポツンと立っていた。  地面と空の境目がわからないくらい真っ白な夢。  だけど、そこはすぐに『完璧』な白い世界ではなくなる。  いつもきまって、赤い花が一輪だけ咲く。  完璧な色の世界に抗うかのように咲いた赤い花。  花弁が一つ欠けたその赤い花は、綺麗に整った白い世界では異物だった。    目に刺さるほどの存在感を示す赤い花。  私はその赤い花を取り除くべく近づいた。  上からそっと茎を握ると、赤い花はなんの抵抗もなくするりと抜けた。  根を張る土など存在しないところで、赤い花はただ白い地面に立っているだけだった。  地面の位置を知らせる赤い花がなくなると、天地の境がわからなくなり、目の前に完璧な白い世界が訪れた。  その瞬間私は、まるでその場を浮遊しているかのような感覚に見舞われた。  ふわりふわりと、ゆらりゆらりと世界に身を任せ、私はゆっくりと目を閉じた。  目を閉じてもまぶた越しに伝わってくる白い光……全てが白に支配されていた。  このままずっと、この感覚に身を委ねたいという気持ちが頭をよぎった。だけど同時に、水のなかに落とされたような抵抗と息苦しさを感じた。  足元がおぼつかなくなり、体がよろけそうになったとき、その『遊泳』は終わりをむかえた。  また、新たな赤い花が別の場所に咲いたからだ。  天地を呼び戻し、私を地面に立たせた赤い花。  今度の花は、一枚も欠けていなく、丸みを帯びた花弁をしていて、一見するとどこにでもある普通の花だった。しかし、その血のように赤い鮮烈な色は、白い世界のどんな遠くにあっても、目立っていた。  目を逸らそうとしても、私の視界に映りこんでくる赤い花……いや、違う。私の意識がその赤い花から目を逸らすことを許してくれないんだ。  白い世界に摘み取る『手』は無い。ただ強い光で枯らすだけ。  私は一つ深呼吸をし、ポケットに花弁の欠けた花をそっと入れた。そして、新たに咲いた赤い花へ向かって歩き出した……  ——私はそこで目を覚まし、現実へと戻った。  薄汚れた白い天井の、殺風景な部屋だった。  簡素な机とベッドしかない部屋を、窓から差し込む光を浴びた埃だけが、きらびやかに彩っていた。  この部屋に移ってから、さっきの夢を見るのは初めてだった。  私は、咳払いをしながら体を起こした。    くだらない夢だ。夢じゃ何も変えられないというのに……  何度そう思っても私は同じ夢を見る。  私はタバコに火をつけ、気だるい頭に煙を流し込んだ。  ラジオのつまみをひねる。無機質な機械が、早口な男性キャスターの声で国内情勢を伝え始めた。  見る夢は選べない。それは、無作為に情報を垂れ流すニュース番組にも似ていた。  煙草に二口目をつけたとき、どこかで破裂音がし、窓ガラスが怯えているかのように震えた。  私はタバコをもみ消し外に出た。  ……赤い花を摘み集めよう。  この世界に住みよい花畑を作るために。
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