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女子力をアピれるものといって真っ先に思い浮かんだのは料理だったが、それはデパートに行く前に既に脳内で却下されていた。
理由は簡単。料理の場合は、稔の方が余程美味しく作れることを知っていたからである。若い主婦が裸足で逃げ出すくらいのレパートリーが彼にはあるのだ。特に彼が以前ふるまってくれた肉じゃがは絶品だった。そんな相手にどうして、付け焼刃の手料理なんてものを晒す勇気があるだろうか。
よって、もう一つ思いついた方向にチャレンジすることにしたのである。つまり、冬の必需品を手作りしてプレゼントする、ということだ。手袋かマフラーならば、まだマフラーの方が単純で作りやすそうに思われた。古典的かもしれないが手編みのマフラーを作ってプレゼントするのが一番効果的ではなかろうか。
「で、買って来た、はいいけどさあ」
自宅に戻ってきて、私はフリーズした。予備知識ゼロで買いに行くのがそもそも間違いだった、と気づいても後の祭りである。ふわふわの藍色の毛糸と、売っていた中で中くらいの大きさの針を買ってきて並べて見たはいいが。まず最初に、どこからどう手をつければいいのかがわからない。
複雑な編み方に挑戦する度胸はなかった。というか、もう残りひと月を切っているのに、ややこしい編み方を練習している時間などあるはずがない。ただでさえこちとら、仕事の方も年末でバタバタしているのである。休日にえっちらおっちら進めるしかないともなれば、最も簡単な編み方で折り合いをつけるのが筋をというものだろう。
が。いかんせん、編み物など大昔の学校の授業でやったかやってないかというレベルの私である。縫い方の種類から手順まで、全てネットで調べて逐一確認しなければいけないのが実情だった。
「え、えっと?ガーター編みっていうのが……一番簡単なんだよ、ね?」
ヨウチューブに、丁度いい動画手順を紹介してくれている動画を発見した。表裏を同じ編み方で対処できるので、初心者にも非常にやりやすくシンプルであるらしい。これを見ながらなら、不器用極まりない自分にもなんとか編み物を完成させることができるはずだ、多分。
――残念ながら、そうは問屋が卸さなかったわけだけども。
「わあああこ、転がる転がる!」
毛糸のはしっこを取り出して針に引っ掛けるところから始まるらしいので、まずはその毛糸のはしを探そうとしたのだが。まるまるとした大きな毛糸玉を買ってしまったのがアダになったか、包装紙を外した瞬間床を転がしてしまうことになった。
どこぞのアニメで見たように、ぐるぐるとほどけつつ意糸の足跡をつけていく毛糸玉。長い尻尾ができてしまった。
「待ってえええ!」
誰もいないのに、毛糸玉に向かって叫ぶ私。近所迷惑になるかもしれないと思ったので、一応声は控えめである。
どうにか拾い上げ、糸の端を見つけて手順通りワッカを作ったはいいが。今度は二本ある針のうち一本の針だけを通して輪を縮めてしまったり、一歩目の縫い方から間違えて糸がこんがらがったりということをやらかすハメになった。
動画は音声付きで、手元をアップにして非常にわかりやすく解説してくれている。誰が見ても簡単にマフラーが縫えるように作られているはずだった。にもかかわらず私はしょっぱなからこんな調子で、ひとつ手順が進んではミスが出て、糸がほつれるなり膨らむなり外れるなりを繰り返す始末である。
気がついた時は、夜中通しても数針しか進んでいない状態だった。空がしらんでいるのを見て始めて、お風呂に入ることを忘れたことに気付くことになるのである。
「嘘でしょお……!?」
幸い、明日は休みだ。仕事に影響は出ない。問題は。
この様子だと、完成するまで何日かかるか全く想像がつかないということである。
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