檸檬

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 不意に心がパトスに傾倒(けいとう)した。(さと)ったと言ってはあまりに無遠慮(ぶえんりょ)だが、そういう言葉を使ってもいいかもしれない。自分は自分について一つ理解した。おそらく自分は君のことが「好き?」 急な音声に鼓膜を揺らされ我に返る。君の瞳を見る。 「好き?」 動いているのは君の唇。眼差(まなざ)しがはっきりと僕の方を向いている。カーテンと同期して(なび)く君の緑の黒髪。それは自分にとって、紛れもなく、美しさの具現化(ぐげんか)であった。 「好きだ」 主語がどうとか、目的語がどうとか、そんな杞憂(きゆう)が遅れてやって来たと思えば、君を吹き抜ける風と共に()ぐに去っていく。 立って君に向き直った。自分の脳味噌はきっと綿飴かなんかになっているのだろう。何も考えず、ただ君に吸い込まれるまま、君を吸い込まんとする。カタルシスの力を持つ君の瞳はゆっくりと閉じられた。自分もそのようにして、息を止めて、ゆっくりと唇を預ける。
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