無情なるこの世界

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 催事の設営作業も嵐である。特に遠方の場合、長く車に揺られて固まった体でそれをこなさなければならない。名古屋ともなれば、東京から三時間半。場所が百貨店の場合、設営は開店前になる。柚巴が今朝起きた時間はお察しだ。  そして現地では開店時間までに梱包資材の収納、ショーケースの飾りつけ、商品の陳列、バイトへの商品説明を終わらせる必要がある。催事のバイトは新規が多い。毎回新人への指導が必要になる。  その名古屋出店初日の夜に、柚巴は自分のクレジットカードが不正利用されていることに気付いた。  会社が取ってくれたホテル。その一室で明日からの流れ、百貨店のルールなどを振り返りながら、小腹がすいたな、と財布を開いたのだ。そこにクレジットカードが入ってなかった。  最初は家にでも忘れてきたかな、ぐらいに思った。  それでも念のため、覚えていたIDとパスワードでカード会社のHPにアクセスすれば、覚えのない履歴が二件。合計三万ほど使用されていたのだ。  ざっと血の気が引いた。使用日を見れば今月で、まだ口座から引き落とされてはいない。  急いでカード会社に電話をかけて凍結してもらう。  「保険がかかっていますので、不正利用分は引き落としになりません」  「ありがとうございます!」  「警察に紛失届は必ず出してくださいね。そうしないと保険が下りないんです」  電話に出たのは声の感じから若い女性だろう。大木と名乗った彼女は丁寧に説明してくれた。今、名古屋に出張中で紛失届はこちらでいいのかと聞くと、最寄りの警察署がいいと言われたので、届け出が遅くなることも伝える。大木は問題ありません、と言ってくれた。  それと、いつどんな状況で失くしたのかは何度も確認された。  カードを紛失したのは、おそらく交通費をおろした時ではなないかと柚巴は考えている。すでに仕事の確認事項でぱんぱんに膨れた頭が、ようやく掘り起こせた記憶がそれだったのだ。  柚巴のクレジットカードはキャッシュカードと同じものを使っている。仕事で埼玉や静岡まで移動することが多いが、給料は低く、交通費は貯金を崩さないと追いつかない。先週、帰りの交通費がなくてお金をおろした覚えがある。原因は売れ残ったケーキの買い取りだ。あれがなければ問題なかったのに。  こんなことは珍しくない。  連日、早朝から深夜まで立ちっぱなし、休日なし。疲弊した頭と体ではちょっとした動きも億劫だ。使ったカードを財布に戻さずポケットに突っ込むなんてことも多い、ある日などATMの脇に忘れて、順番待ちしていた男の人に呼び止められた。あれと同じことをやらかして、そして今度は本当にその場に忘れてしまったのではないか。それを見つけた何者かが、柚巴のカードを勝手に使った。  あまりに情けなくて、柚巴は何度も大木に謝った。大木は穏やかに、置き忘れは珍しいことではないと慰めてくれた。   電話が終わってから、柚巴はまず自分を落ち着かせた。誰かが柚巴のクレジットを持っていると思えば気持ちが悪いが、今回は柚巴も悪い。  とりあえず損が発生しなかっただけよかったとしよう。と、柚巴は無理やり自分を納得させた。
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