炎の星と小さなノア

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炎の星と小さなノア

 小さなノアは、ずっと友達を探している。  ずっと真っ暗な空の下、大人たちの中で一人だけ小さなノアは、大人とは違う「誰か」と会いたかった。  ノアの姿はずっと小さいまま、どこか冷たく常に急ぎ足の大人達に手を引っ張られて、長い長い旅を続けている。  いつまで、こんなことが続くんだろう。  いつまで、僕は手を引っ張られているんだろう。  いつまで、僕は誰とも喋れないんだろう。  ノアは、長い旅に疲れてしまった。  目的のない、寂しい旅が続くのだと心のどこかでわかってしまったから。 ・ ・ ・  ある日、空を明るく照らす炎の星を見て、ノアはびっくりしてしまった。 生き物のようにうねって、橙色に、赤色に、黒色に輝く炎の星。  炎の星からふうっと吐き出される炎は、ちかちか遠くで瞬く神様に届かんばかりに飛んでいく。  吐き出された炎の残滓は、ふわふわと楽しげに漂って、小さなノアへと丁寧にお辞儀をして消えていった。  とても楽しげな炎の星に、ノアは思わず一歩足を踏み出しかけた、その時。 「小さなノア。君はあちらでは生きられないんだよ」  はるか遠くから、優しい神様の声が聞こえて、周囲の大人が慌ててノアの肩を引っ張る。  ノアは手を取られ、「さあ、いこう」と大人たちに急かされた。 「いやだよ、僕、ここにいたいよ」  ノアは、とっても疲れていた。  もうへとへとなんだと気づいたのは、炎の星が纏う楽しさを、自分が一ミリも持っていないからだ。  こんな「楽しくない」旅を、僕はもうしたくない。  そう言い放った瞬間。 ――大人たちは、パッとノアから手を離した。  何か、熱いものに触ったような、これ以上、ノアの体に触れていられないといった感じで。  大人たちは、しばらく顔を見合わせたあと、ゆっくりと、ノアに告げた。 「……好きにしなさい。私たちは行くよ」  そうして、ノアは炎の星の傍にいることにした。  真っ暗な空を明るく照らす炎の星。  ノアはこれ以上、真っ暗な空の下を歩かなくて済むんだと、嬉しさを炎の星に伝えた。  それに、炎の星と一緒にいるとき、ノアは楽しくてしょうがなかった。  いたずらするように、ちかちか遠くで瞬く神様に向かって炎を吐き出したり、神様よりずっと近くにいるノアに向かって同じように「わぁっ」と驚かせたがる炎の星。  とても楽しいはずなのに、ノアは【楽しい】の間を狙うように、ひゅうっと心の隙間に入り込む冷たい風に体を震わせることがあった。  そして、それは近くに行き過ぎると熱いぐらいの炎の星と一緒にいるのに、何度も起きるようになってゆく。  せっかく、僕には友達ができたのに。  ノアが寒さに体を縮こまらせていると、炎の星が慌てたように火を強くしてくれる。  それでもまだ、ノアは寒い。  そしてある日、ノアの目から、冷たい水が零れ落ちるようになった。  ――しくしく、止まらない。  ――しくしく、拭ってもまだ、止まらない。  最初のうちは炎の星が慌てて乾かしてくれたけれど、もうそれでも止まらないぐらい、水は小さなノアを覆ってしまった。  どうしてだろう。なんでだろう。  ノアが首をかしげると、周囲の水もゆらりと揺れる。  それでも、水は目から止まってくれない。  遠くで瞬く神様が、優しい声で教えてくれた。 「小さなノア、それはね、君が寂しいということだよ」  どうしてだろう。僕には友達がいるのに。 「小さなノア、それはね、君がちゃんと気づいていないからだよ」  炎の星とノアは、不思議に顔を見合わせる。 「小さなノア、ちゃんと胸に手を当ててごらん。どうして寒いのか、気づいてごらん」  ノアは、水の中で自分の手を見た。  いつから、この手を誰かと握っていないんだろうと思った途端、ぶわりと目から涙が溢れだす。  ああ、そっか。ノアは気づいた。  僕は今、冷たいんだ。  今までは炎の星が照らしてくれて、真っ暗な空から守ってくれていることが当たり前過ぎた。  今までは大人たちと一緒に歩いていたから、寒くなかった。  今までは大人たちが手を繋いでいてくれたから、冷たくなかった。  小さなノアは、胸に手を当てて、水の中でぎゅっと自分の体を抱きしめる。  僕は、自分で自分を暖かくしなくちゃいけないんだ。  友達の炎の星を頼りすぎちゃ、いけないんだ。  炎の星ほど強くなくても、ノアは自分が自分で光り輝かなければいけないことに気づいた。  真っ暗闇から炎の星に、守ってもらうのではなく。  冷たさから大人たちに、守ってもらうのでもなく。  ノアは、ノアだけで光らなきゃいけなかった。  そう気づいたら、目から涙が止まった。  そう気づいたら、だんだん、胸がポカポカしてきた。  炎の星はそれに気づいて、いつもはメラメラと勢いよく燃やしている炎を少しだけ弱めて、友達のノアを優しく見守る。  遠くで瞬く神様はそれに気づいて、静かにちかちかっ、と微笑んだ。              ・ ・ ・  炎の星は、今日も元気に真っ暗な空を明るく照らす。  その傍には、小さな小さな水に包まれた星がある。  小さな星は、胸の中に自分で生み出した炎を抱いていて、水が乾いた場所には、とても小さな小さな命が生きている。  長い長い旅の末、ノアと呼ばれた星の子は、友達である炎の星と協力し合って、今日も自分の上にいる小さな命を生かしている。
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