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単色のリネンは好きじゃない。
例え目覚めたのが夜でも、それは闇の色に浮き上がって「白」に見えるから。
今、私の視線の先には真っ白なマクラカバーが見えている。
上りかけの朝日を浴びて、うっすら山吹色に見えなくもない。
『目覚めたら白』
このシチュエーションを私は何度見てきたんだろう。
それを見る時は決まって未来に光などないような感覚になる。
ホテルマイルド、305号室。
約束を交わした日は、だいたいこの部屋を指定される。
ネット上で会話していた時は包容力のある大人の男に見えていた彼も、この部屋で肌を合わせた後は弱音も吐く普通の中年男性だった。
「今度京都にでも行こうか」
実現などしない約束を提案するのが彼の癖。私はそれを毎回嬉しげに聞いて、お寺の話などをして空想だけで満たされる。
ある程度機嫌をとると、彼は私の肌を楽しんでからつらつらと日頃の愚痴などを言う。
それにも私は意味深に頷いて、空気を読んだ相槌を打つ。
女が強くなった世の中とはいっても、私はこういうシチュエーションでマウントをとりたいとは思わない。
きっと古い女なんだろう。
朝が白々と明けてくると、闇より重い沈黙が降りる。
「じゃ、また連絡するから」
一度もこの部屋以外で会ったことのない彼は、また私を白いリネンの上に残したまま部屋を出て行った。
どこの誰で、既婚なのか未婚なのかも聞くつもりはない。
この6面で覆われた部屋で束の間に虚しさを癒し合えば、それで次に会う日までをなんとか生き繋げる。
それだけの関係。
期待なんかひとつもない。
ただ、彼と会ってからの私は、白という色が嫌いになったというだけの話だ。
Fin.
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