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その言葉を聞いて、男はカタッと力を無くし崩れ落ちた。
「後悔するぞ…。負の感情など‥なくていいものだ」
「そんなことない」
口にしたのは、白木さんだった。多くの視線が、未だ十字架につるされた白木さんへと向けられる。
「今の世界は、偽りの優しさで満ち溢れていた。ウンザリしていたの。泣きたい時に泣けなかったり、怒りたい時に怒れない。そんなの…、人形と同じよ。
泣くことの何がいけないことなの?嬉しくて泣くこともある。悲しくて怒る時もある。誰かと喧嘩して、仲を深めることだってできるのよ?
苦しい時は悩んで、誰かに助けてもらう。これが当たり前の世界だったの。
けれど、それがなくなってしまった。仲は表向きなもの。苦しくたって、笑っていれば誰も気づいてはくれないわ。
こんな世界どこがいいのよ」
俺が彼女を降ろしている最中も彼女は、大勢に向かって喋っていた。そう、こんなことできるのだって、“良”だと気にしている限りは言えないことだ。
「誰かを犠牲にしないと保てない世界なんて嫌だ。俺は…守りたい。
もう誰も失いたくない。
…この感情も欲望だ。負の感情だ。
けれど…これは忘れてはいけない。俺は、善悪にこだわっていたとき、こんな感情はなかった…。
守りたいという欲望…、願望さえ持てない世界に発展もない」
俺もまた、大勢に向かって喋る。周りを見渡してみれば、頷く者も少なくはなかった。
「私たちは、新しい世界を切り開こう!」
「そうだ!拘っていては何も始まらない」
俺たちを支持する声がどんどん大きくなる。崩れ落ちた男は壊れたかのように、一点を見つめていた。
これで終わりだと思った。俺のなかで、全ては新しい方向へと舵がきられたのだと思っていた。
「そんなこと…!僕がさせるものかあああ!!」
男は立ち上がり、ナイフを持ち俺に向かって走り出し振り上げてくる。俺はあまりにも突然なことで何もできなかった。驚きのあまり、相手を見で追いかけることしかできなかった。
殺される。そう思い目を閉じた瞬間だった。
グサリ
鈍い音が俺の耳元近くで聞こえた。俺は痛くない。怪我をしていないと理解し、目を開けると目の前には、幸助君を助けた時同様に俺を庇っているじいちゃんがいた。
「…じ…いちゃん…」
「できることなら、お前がきり開いた世界を…見てみたかった…」
俺に背を向けていたため、じいちゃんは顔を横向け俺に消えそうな笑みを浮かべた。そして、次の瞬間じいちゃんは背に刺さったナイフを抜き取り男に刺した。
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