運命のマフラー

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それは運命を左右する濃紺のマフラー。 人生の分かれ目。 つまり恋人としての関係を終わらせるか、続けるかを占うプレゼントでもある。 午後の陽射しが少し陰ってきた表参道を歩いている。 店舗を五軒巡ってようやく感じの良さそうな店を見つけた。 スッキリとした白が基調で、店内には音楽が流れている。 ボサノバ調のゆったりとしたテンポで女性がギターに合わせて歌っている。 それが店の雰囲気と空間に良く似合う。 美緒は、ゆっくりと商品の肌触りを確かめる時間と、心の余裕を与えてくれるこの店でプレゼントのマフラーを買うことに決めた。 彼の凛とした雰囲気に合うこと、やわらかな質と手触り、濃紺、シンプルな形、プレゼントとしての価格。 すべてにおいてバランスが良いこのマフラー。 ようやく、彼にみあうものを買えたことに満足し店を後にした。 翌日の19時。 彼を私の部屋に招いてのお祝いが始まる。 「隼、誕生日おめでとう」 一応、私は満面の笑顔を浮かべたままプレゼントを渡した。 「美緒、顔が笑顔に慣れてないから頬がつってるよ」 予想外にクスッとした笑いがとれてうれしい。 「プレゼント、開けて良い?」 珍しく嬉しそうな彼の表情に、私は喜びと少しのいたずら心が芽生えて制止をかけた。 「うん、でもまだダメだよ」 「どうして?」 といいながらも、彼は少し不服げな猫っぽい目を向けてくる。 今日は、彼に直接話を切り込むことに決めているから。 ずっと彼が迷っている事を晴らしてあげたい、美緒の本当のプレゼントはこちら。 注目をそらさないように目を見つめ返し、尋ねる。 「隼、最近迷ってる事あるよね?」 彼の狼狽が伝わる、彼の顔色が少し曇った。 「どのことだろう?」 「仕事かな?恋愛かな?もしくは両方」 「何を察してるのかは知らないけど、どっちもそれなりにうまくいってるだろ?」 目をみながら牽制をかけてくる。 「でも、最近つまらなさそうだよ。 もっと自由なアクセサリーをデザインしてたのに、最近は溢れる色の使い方に精彩を欠いてる」 明らかにムッとして押し黙っている隼。 かなり不満なのだろうと直感的に察したが、 尚も、美緒は続ける。 「今日、私はあなたに二つの情熱をあげる。 一つは満たされない気持ちでいるあなたに、私の考える未来の可能性を。 もう一つは、あなたの開放かな? 形はどうあれ選択の自由を」 「本当は何もかも満たされてるけど、満たされないって顔してるから」 彼は笑っているけれど、少し苛立った空気が伝わる。 「俺は、女の子に答えを求めてないよ。 自分の道は自分で決めて切りひらいていく。美緒に何かが分かるとは思えない」 確かにそうだろう、男と女では性質や考え方が全く違うのだから。 「そうだよ。分かるわけないもの。 私と隼は別の人生を生きてるもの」 にべもなく美緒は笑いながら認める。 それが更に気に触ったようだ。 「だったら、余計なお世話だ。 俺がほしいのは美緒との安らぎと体だよ」 「最近、それにも飽きてない?」 隼は少し驚いた顔はしたが、すぐに認める。 「そうだな」 空気が悪くなる前に、1つめのプレゼントをあげることにしよう。 「私にわかるのは、時間の積み重ねって人生のアクシデントに似たものだと思うの。 目的があるから試行錯誤するでしょ? ミスがあるから、取り戻そうと気持ちを上下させて頑張るでしょ?」 「うん」 「退屈があるから、閃きや偶然の緩みが思わぬ幸運や成果をもたらすってあるとおもうんだよね。 人生の選択と起こってくるアクシデントを幸せに変えられるのは、自分の心だけだよ」 隼は私をじっと見ている。 「どうしたの?いつも何も語らないのに、俺に何が言いたいの?」 「隼みたいな人は、多少無理しても追い込んで成果を出したがるよね。 仕事ができるって周りから期待されるから、応えなきゃいけなくて自分が置き去りだよ、いつも何かに追い込まれてる」 「仕事だから、美緒にはわからなくても、これが生きていく仕事。 皆、我慢して追い詰めながらやってるんだよ」 「あなたの価値は、決して数字じゃない。 強制されるものじゃなくて、心からの自由を生きる事、そう選べたらもっと新しい表現がができる。  踏み出した軸足の一歩が、また一歩踏み出してくように、心の中の衝動的な歩みを止めないでよ」 「隼の人生は綺麗だよ。 琥珀のなかに閉じ込められた生物が、時代を糧に熟成された宝石になるように」 隼は何か言葉を探しているようだ、かまわず続ける。 「今、私は隼にとけない魔法をかけたの。 きっといつもこの言葉を思い出すよ」 そういうと美緒は笑った。 隼が悲しそうな目をする。 「その生物って生き埋めだろ。 俺と別れて美緒は今後どうするつもりなんだよ?」 その言葉に、胸がズキッとした。 本当に隼がいなくなる可能性が、現実感を伴って感じた。 離れないでと声がでそうになる、でも決めたことだから。 彼との新しい可能性に勝つための賭けにでるのだ。 美緒は強がって答える。 「時間は導いてくれた偶然を積み重ねて生かしていくんだよ。 私の生きて情熱を注いできたものを形にしてゆくだけよ、これからもこの裁縫の仕事を続けるの。」 そして、一呼吸おいて思いきって二つ目のプレゼント。 「隼がさめたなら私から離れても良い。 私から自由になって冴えを取り戻してよ」 彼は、はっきりと言う。 「別れたくない」 美緒は少し決意が揺るぎそうになる、けれど、きっぱりと告げる。 「もし、本当にそう思ってくれるなら、自分の才能を思い通りに開放してみて? そのとき、まだ私が必要か確かめてほしいの」 「隼が私のイメージするジュエリー作品の拠り所なのか、人生において必要な存在になれるかが分かると思うの。 きっと、今のはまりこんでいるマンネリの渦をまわり続けるか、新しい飛躍かは隼の心と頭の中にある」 そういうと、美緒はマフラーを取り出した。 濃紺のマフラーに自分でデザインした鷲の刺繍を施してある。 銀の糸で鷲が映える様に。 彼の首に巻きながら、 「あなたが、あなたの作品がどこに行っても歓迎されますように。 これからも、誇り高くいられますように」 そういうと、そっとキスをした。 その夜は、一晩中愛しあった。 彼の存在を確かめるように、彼を愛した自分までも愛していることを確かめるように。 最後になるかもしれないと思うと、お互いに離れられなくて何度も何度も求めあった。 翌朝、彼は何も言わずマンションから消えていた。 美緒は少しの寂しさがあったけれど、彼の行く道をそのまま進んでほしいと思い、納得したすっきりとした涙が零れた。 それから、3か月たったある日、ポストに郵便物が届いていた。 彼の開くジュエリー展示会へのチケットだ。 彼は自分の中の壁を越えてくれたのだという期待が高まった。 当日、たくさんの人で賑わっていた。 指輪やネックレス、ブローチが飾られている。 ひとつひとつ眺めていくと、一際目をひいた物があった。 そこには、濃紺の台座の上にペアリングが鎮座していた。 4つの輪が縦に連なった、真ん中に銀色で出来たインコが乗っている。 一つは黄色の宝石で、もう一つは水色の宝石で羽が出来ている。 二匹が寄り添い羽を休めている様に見える。 そのブースの前には、濃紺のマフラーを巻いてほほえんでいる彼がいた。 「美緒、ジュエリーに精彩を取り戻す答えを見つけたよ。 俺にとっては表現することは、生きてくための本能だから。 心の深淵を覗いたとき、瞬間瞬間の美を切り取って形に長く残すことへの憧れだった」 「このインコのように、俺の横でこれからも囁いていてほしい」 そういうと、彼は水色のマフラーを取り出し、銀色のリングを通した。 「美緒は、俺の売約済みだからな」 そういうとマフラーを首に巻いてくれる。
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