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行き道にて
中学三年生の春、俺は確かに腐っていた。部活もしていない、勉強もさほど得意じゃない。何の世界でも一番になれないと悟った俺は、ふてくされて何事にも熱を注げずにいた。
「兄ちゃんがさ、ライブするんだって。行こうぜ」
友達の誘いに、俺はほいほいとついていった。俺が向かった先は長町にあるライブハウスだった。青いライトが光って、たくさんのコインロッカーが並んでいる。見たことも聞いたこともないその景色に、興奮した。チケット代は意外に高かったが、友達はドリンク代はおごると言ってくれた。
ライブハウスの中に入ると、まだ友達のお兄さんがやっているバンドではなかったようだった。その一つ前のバンドが、ちょうど始まるところだった。マイクテストが会場内に響き、暗闇に包まれた空間の中に友達と二人で入っていく。それなりに入った人たちはステージ上を見つめていた。
前から三列目に来ると、だいぶステージに近くなった。ドンドン、というバスドラムの音が心臓を叩くようにして鳴る。ギターが、ジャラン、と鳴らすたびに、おお、という小さな歓声が上がる。高揚感で心臓がはち切れそうだった。
この世界には、あるのかもしれない。俺が求めていたもの。
音がなくなり、静寂に包まれる。みんなが息をのむ音が聞こえる。俺はじっとステージを見つめた。暗闇の中、マイクに近づいて、そして――。
「青い夢であれたなら」
女性の声だ。よく響く、通る声だった。ドン、と地面をたたきあげるかのようなドラムにベースの音が重なる。照明が一気に明るくなる。ギターを持った女の人の唇が、マイクに触れそうで触れなかったのが、やけに印象に残った。
ギターがかき鳴らされ、三つの楽器のハーモニーが形成される。それとともに会場内のボルテージが上がるのがわかる。女の人の紡ぎ出す言葉が、音になり、耳を、鼓膜を刺激する。スピーカーから流れる音はうるさいくらいだった。なのに違和感はない。このまま、聞いていたい。
サビに向かう。友達は拳を突き上げた。俺は何もできず、ただ立ちすくむだけだった。ギターの女の人が髪を揺らすたび、その唇から音を出すたび、マイクに近づける身体が少し猫背気味になるたび、つま先から頭のてっぺんまで何かが昇っていくような感覚がした。
サビが襲いかかってくる。みんなが拳をあげている。俺は自然と右手を挙げた。すると女の人が気づいたのか、大きな瞳がさらに大きくなる。
目が合う。
「青に染まれば」
目がそらされる。
「もう何もいらないぜ」
俺はその瞬間、胸の中にふつふつと宿る何かを感じていた。
「ロックンロールが死なないようにただ歌うだけさ」
ギターをかき鳴らしながら汗をふりまく彼女に、ただ強烈に憧れた。
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