ライブハウスにて

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ライブハウスにて

 待ち合わせは現地集合にした。歩く時間があれば、何をしゃべろうか迷ってしまうからだった。仙台のアーケードにあるライブハウスで、先輩を待つ。ラフなTシャツにチノパン。変に考えすぎておしゃれしようか迷ったが、結局いつもの格好になってしまった。  先輩と思しき影を見つける。行き道で必死に先輩のことを考えていたからか、実際に目の前に先輩が現れると息が止まりそうだった。 「お待たせ」  そのバンドのパーカーと、ジーンズはよく先輩に似合っていた。少し男らしいが、細い脚と少し巻かれた髪と長いまつげが色気を感じさせた。 「行きましょうか」  俺が言うと、うん、とうなずいて、俺の後を先輩がついてくる。これって、彼氏彼女っぽく見えないか、と少し心配になった。それでも、そう見られたらうれしい、なんて思って余計に緊張して、手汗が止まらなくなった。 「君もこのバンド、好きだったんだね」  そう言われて、どきっとする。新入生オリエンテーションのとき、先輩が好きだと言っていたから、家に帰ってすぐに動画サイトで調べたのだ。もちろん、先輩抜きにしてもこのバンドは格好いい。でも先輩が好きだからと言う理由も、確かにあった。 「はい。先輩はどうしてこのバンド好きになったんですか?」  ライブハウスの中はだいぶ暗くなっていた。先輩は、うん、と少し悩むようなしぐさを取り、そして答える。 「初めて見に行ったライブでやってたから」  ああ、やっぱそういう理由は多いのかな、と俺は思う。俺自身だってそうなのだから。  チケットを見せ、会場内に入る。すでに多くの人がステージがはじまるときを待ちわびていた。俺と先輩はライブハウスの中でも少し後ろの方に立っていたので、ここで大丈夫ですか、と尋ねると「うん」とそっけなく返された。隣にいる先輩をちらりと窺う。ステージ上をじっと見つめている先輩の瞳が輝いているのがわかる。このまま時が止まればいいと、一瞬願う。 「好きだって言葉を言う前の気持ちが君に伝わればいい」  どんどん人で埋まっていくライブハウスの中で、先輩はぽつりとつぶやいた。どくん、と胸が跳ねた。 「このバンドの曲で、好きな歌詞」  そう言って、先輩はふっとこちらを見つめてくる。多くは語らない先輩の、好きな歌詞。心臓があり得ないほど、うごめいている。でも俺は、と言いかけると、先輩はステージの方を見て、口を開いた。 「はじまるね」  先輩はそう唇を動かすと、呪文のようにして照明が淡く消えていった。
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