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改札前にて
「ありがとう、ここまで送ってくれて」
そう言って、先輩は柔らかい表情になった。地下鉄の改札前はさほど混んでいなかった。
「いいえ。後輩の誘いに乗ってくれて、こちらこそありがとうございました」
礼をすると、先輩はこちらに近づいて「ずっと思ってたけど」と話しだした。俺は頭をあげて、先輩の目を見る。少しうるんだ瞳が、俺を見つめている。
「声」
その音の意味が解らず、首をかしげると、先輩はふふっ、と笑みをこぼした。笑った先輩を、初めて見た。思わず目を見開いてしまう。
「私、君の声が好きだよ」
そんなこと、と俺は思う。
「じゃあね」
先輩はすっと背中を向けて、改札の方へ歩いて行ってしまう。待って、と俺の心が叫んだ。
「先輩!」
先輩が立ち止まる。その背中に、俺はライブハウスで言いかけた言葉を言おうとした。
「でも俺は、先輩の――」
先輩は俺がその続きを言う前に、こちらに近づいて、人差し指を俺の唇に近づけた。
「先輩?」
「青に染まれば」
続きを促すように、じっと先輩は俺の目を見つめる。俺はおそるおそる、言葉を口に出す。
「もう何もいらないぜ」
人差し指が遠ざかっていく。
「「ロックンロールが死なないようにただ歌うだけさ」」
二人の声が重なる。そうして、先輩は「それだけ」と言って素早く去ってしまった。俺は動けずに、ただじっとその場に立ちすくんでいた。
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